自分で書いた本を偽名で褒めるとどうなる?
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世界的な理論物理学者でネットワーク理論の権威、アルバート=ラズロ・バラバシ。複雑な世界をハブやノードといった用語で解き明かしてきた彼は、「人の成功」という最も身近な現象について、ありとあらゆる分野の膨大なデータを10年以上の年月をかけて析し、とうとう成功者に共通するパターンを見出しました。それをわかりやすく、解説した新著『ザ・フォーミュラ 科学が解き明かした「成功の普遍的法則」』が全米ベストセラーとなっています。本コラムでは、『ザ・フォーミュラ』の中から一部を抜粋して、内容を紹介します。

 

「この見事なプロットについては、何も言う必要がない」ニコディーマス・ジョーンズは、『静かなる天使の叫び』のアマゾンのレビューにそう書き込んだ。事前予約でしか手に入らない、英国の作家R・J・エロリーの新しいミステリー小説のレビューである。「だが、段落や章に私が立ちすくんだことだけは言っておこう。血も凍るかと思えば疾走するようでもあり、時には詩的で気怠い雰囲気を醸し出している。文章の深みを真に味わうためには、2度、3度と読み返さなければならない……まさに壮大な一冊である」

 

本を出した経験のある私にとって、このようなレビューこそ大喜びで歓迎したい。しかも、これがアマゾンの最初のレビューであればなおさらだ。このように力強く、最初の好意的なレビューが、その後の成功を大きく左右する。そして、ジョーンズのレビューは『静かなる天使の叫び』の売れ行きに弾みをつけた。信頼性の高いレビューを早い段階で提供し、本書の素晴らしさを味わう機会を読者に与えたからだ。ジョーンズの惜しみないレビューは、さらなる賛辞を引き寄せるための強い勢いを生み出した。

 

 

著者のエロリーに、それ以上の賛辞が必要だったわけではない。『静かなる天使の叫び』は彼にとって5作目の小説であり、すでに熱心なファンもいる。その4作のうちの2作は、由緒ある賞の候補にも挙がった。それでも、新しい本を売るためには熱心な読者が必要だ。発売と同時に熱烈な賛辞がなければ、『静かなる天使の叫び』もたくさんの作品と同じように、忘れ去られていたかもしれない。

 

もしジョーンズが、「英国ではお馴染みの相も変わらぬ警察小説のひとつ」と酷評していたらどうだっただろうか――これは実際、ミステリー作家スチュアート・マクブライドの『ダーク・ブラッド』に対する、ジョーンズのレビューである。最初のレビューがこんな手厳しい調子だったら、『静かなる天使の叫び』の売れ行きも危ぶまれたに違いない。だが結局は、全世界で100万部を売り上げる、エロリーにとって最大のベストセラーになった。

 

最初の好意的なレビューが肝心

 

最初の段階の見えないひと押しは驚くほど重要な役割を果たし、新しいプロジェクトのその後の成功を左右する。あのような素晴らしいレビューが最初に登場したことに、著者のエロリーは大いに満足しただろう。

 

ただし、エロリーはまったく驚かなかった。それどころか、熱烈なレビュアーのニコディーマス・ジョーンズは、著者のR・J・エロリーだったのだ。エロリーはジョーンズという偽名を使って自分の本を褒めちぎり、ライバルの本を貶した。ジョーンズになりすまして、自分の本を絶賛するレビューを書いていたのだ。倫理的に問題のあるこの「自演」行為は、ソックパペット(靴下人形)と呼ばれる。しかも、世間が思う以上に蔓延している。インターネットのおかげで自演が簡単になったこの数十年、多くの作家やクリエイターがこの方法を利用してきた。世間で評価の高い作家が、自分の本を売らんがためにそんな真似をするとは、明らかに残念だ。だがそれ以上に残念なのは、その方法に大きな効果があることだ。なぜなら、貴重な夜の数時間を捧げる一冊の本を、あなたはどうやって選ぶだろうか。ほかの読者が、その本を読むに値する一冊と考えているかどうかをチェックするはずだ。初期のレビューは成功を始動(キックスタート)させるのだ。

 

だが、自演には本当に効果があるのだろうか。掃除機を購入したりホテルを予約したりする時、人は評価やレビューを見て決める。そのため、普段当たり前に思うシステムが本当に正確で公平で、信頼できるものかについて、自演はもっともな疑問を投げかける。もし自分の利益となり、ライバルの不利益となるように、これほど簡単に評価を操作できてしまうのであれば、誰でも警戒すべきだろう。ジョーンズが絶賛するレビューは、本の売れ行きを促すのか。彼が酷評するレビューは、ライバルの新作を葬ってしまうのか。

 

 

計算社会科学[訳注 情報技術によって取得・処理した大規模な社会データを分析・モデル化して、社会現象や人間行動を定量的に理解しようとする学際領域]の新進気鋭の研究者であるシナン・アラルは、これらの問いの答えを探ろうとして、優れたオンライン実験を考え出した。あるニュースまとめサイトのコメントにある「賛成投票」と「反対投票」に手を加えたのだ。「賛成投票」は、ほかのユーザーがそのコメントを、「鋭い」あるいは「役に立つ」などと好意的に受け取ったという意味だ。いっぽう「反対投票」は、そのコメントを「余計」「的外れ」「不適切」などと受け取ったことを意味する。あるコメントに、アラルが最初に「賛成投票」のボタンを押すと、ご想像の通り、その後も「賛成投票」が続きやすかった。この実験でも、成功が成功を生んだのである。

 

他人の作品を貶めるネガティブなレビューはどうなる?

 

だが、私はそれ以上に次の問いに興味をそそられた。その判断が妥当かどうかは別として、もし「反対投票」のボタンを押した時にはどうなるのか。そのコメントに対する最初の投票が否定的なものだったら、「優先的“反”選択」が働いて、その後も「反対投票」が続くのか。著者のR・J・エロリーは、タイミングを狙った辛辣なレビューで、ライバルの息の根を止めてしまえるのだろうか。

 

アラルの発見は、意外にもほっとするものだった。あるコメントに「反対投票」をしても、負のスパイラルは起きなかったのだ。「優先的“反”選択」は作用しなかった。ほかのユーザーによる「賛成投票」が続いて「反対投票」の判断を正し、アラルのネガティブな影響を帳消しにした。理性が打ち勝ち、負の意見を無効にしたのである。

 

オンライン世界のネガティブな意見は、ひどく思いやりがない。人間が他者に対してどれほど残酷になれるものかについて嫌な気持ちになりたければ、あちこちのコメントを読んでみればいい。だが、アラルの発見はそんな嫌悪感を追い払ってくれた。オンライン世界では、妖精の粉を振りかける“ティンカーベル”は“自演者”よりもずっとパワフルなのだ。多少の混乱を引き起こすにせよ、本人が望むほど、世のエロリーたちに影響力はないのかもしれない。成功を掴むためには、最初の好意的なレビューが不可欠だ。だが、最初のレビューで酷評されたからといって、必ずしも悪い評価が続くわけではない。善の力である優先的選択を、悪の力として使おうとしたところでうまくいかないのだ。

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ザ・フォーミュラ――科学が解き明かした「成功の普遍的法則」

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アルバート=ラズロ・バラバシ(Albert-László Barabási)

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