なぜ速い車は売れないのか「マーケティング」で見れば一目瞭然
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写真:AFLO

 

今までかっこいいと思っていたものがかっこわるくなる。かっこわるかったものが、かっこよくなる。新しいものが古くさくなり、古いものが新鮮な魅力を持つ。そういう逆転現象が今いたるところで起こっている――。

 

『毎日同じ服を着るのがおしゃれな時代 今を読み解くキーワード集』(光文社新書)を上梓したばかりの三浦展氏が、なぜ速い車が売れなくなったのかを分析する!

 

 

現代の若い世代の価値観として「自己拡張感から自己肯定感へ」という変化があると、私は十数年前に指摘しました。

 

自己拡張感とは、もっと高級で性能のよいクルマに買い替える、もっと大型の冷蔵庫やテレビを買う、といったように、より大きく、高級な物を買うことで、自分自身の自我もまた拡張していると感じるということです。

 

その自己拡張感によろこびを感じるのが、高度経済成長期からバブル期までの価値観でした。「大きいことはいいことだ」とか「いつかはクラウン」という広告はまさに自己拡張感時代の広告です。

 

ところがバブル崩壊後、この自己拡張型の価値観が衰退し、かわって台頭したのが自己肯定感を求める価値観です。最近は生徒指導や若手社員教育などの分野でも、この自己肯定感を育てることの重要性が叫ばれるようになりましたね。

 

簡単に言うと「ほめて伸ばす」ということです。ほめて、肯定することで、ほめられた人は自分で自分を肯定し、積極的になれる、という考え方です。

 

自己拡張感の時代は、ほめられなくても自己が拡張していると感じることができたので、指導はむしろほめるよりもけなす、肯定よりも否定でした。おまえはだめだと言って、何くそと思わせるほうが伸びると考えられていたのです。

今の時代、おまえはだめだなんて言うとパワハラとして訴えられます。ある大学教員に聞いたのですが、「このままの成績だと卒業できないよ」と言ってもパワハラなのだそうです。

 

それはともかく、マーケティングとしては、この自己肯定感志向の若い世代(と言ってももう45歳まで含まれますが)に対応しないといけない。

 

自己肯定感の時代のクルマは、たとえばトヨタのかつてのファンカーゴ、日産のキューブ、スズキのラパンなどでしょう(私はこれらのクルマの市場導入などに少し関与しました)。つまり、ゆっくり走って楽しいクルマなのです。

 

『下流社会マーケティング』という本に書きましたが、1968年ごろ生まれまでは「他人に負けないようにしたい」人が「のんびり生きたい」人よりもずっと多かった。

 

ところが1970年代後半生まれになると、「のんびり生きたい」が「人に負けないように」よりもずっと多くなりました。逆転したのです(NHK放送文化研究所「NHK中学生・高校生の生活と意識調査・2012」)。

 

他人に負けたくない人が乗るクルマはどんなクルマでしょう? スポーツカーですね。他人より速く走れるクルマです。

 

実際、1968年前後生まれの男性に圧倒的に支持されたクルマに、トヨタのスープラがあります。68年生まれが18歳のときに発売されました。

 

一方、のんびり生きたい人が乗るクルマは、さきほどのファンカーゴやキューブやラパンです。時速80キロ以上出ないんじゃないかと思われるようなクルマです(実際はもっと出ます)。

 

他人に負けても、他人より遅くても、マイペース、マイベストスピードで走ることが大事なのです。

 

こういうことが自動車メーカーの人にはわかりません。それは、NHK放送文化研究所の調査レポートを読んでいないからではありません。

 

自動車メーカーに入る人は、そもそも他人に負けたくない人だからです。特にトヨタの人はそうです。たとえ若い世代でも、他人に負けたくないと思って勉強し、就活をしてトヨタに入った人たちばかりだからです。会社に入ってからもホンダに負けるな、日産を蹴落とせと毎日働いているからです。

 

だから、世の中に、他人に負けてもいいという人がいること自体が信じられません。同じ若い世代の中では、自分たちの価値観は少数派であるということに気づかないのです。

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