2021/01/07
馬場紀衣 文筆家・ライター
『世界の窓辺さんぽ』 光文社 編/ WANDERLUST
外国での街歩きでは、ついつい人の家の窓辺が気になってしまう。犬や猫が顔をのぞかせていたり、よく手入れの行き届いた鮮やかな花が飾られていたり、開いた窓から音楽が流れていたりすると、カーテンの向こうにはどんな人が暮らしているのだろうと、こっそりのぞいてみたい衝動にかられる。日常において「窓」はこちらとあちらの境界だ。その向こうに、誰かの暮らしが息づいている。よく知らない場所を歩いていると、そんな当たり前のことに気づかされたりする。
イギリス・ロンドンの何気ない裏道には、まるで魔法の世界を思わせる一角がある。外壁を埋めつくさんばかりの草花に圧倒されながらも入り口の扉に注意をむけると、その向こうにもうひとつ、べつの扉を見つけることができる。奥にはいったいどんな部屋があるのだろう。よく似た扉がアメリカのデンバーにもある。こちらは草ばかりで花はない。入口を避けるようにして壁をおおう植物が静謐な空間を演出している。ながい時間をかけて土地が刻んできた記憶を語る扉たちだ。
トルコやイタリア、ポーランドには日本ではなかなかお目にかかれないポップな色合いの窓や扉がそろっている。ピンクの窓辺、真っ赤な扉の家、白と青のストライプなんて思い切ったデザインの扉もある。めくるめく色彩のコントラスト。ポルトガルの大胆なデザインの建築物は見るたびに新しい発見をするからおもしろい。イタリア旅行の途中に立ち寄ったゲーテが称賛した街レーゲンスブルクでは「建物の美術館」の名のとおり、多彩な形の窓に出会うことができる。
曲がりくねった小道の先、海を見下ろす丘の上、石畳の坂道……窓や扉はどこにだってある。それらすべてが、料理をしたり、お茶をいれたり、子どもを叱ったり、本を読んでくつろいだりしているだろう誰かの住まいなのだ。その事実が、窓の存在をいっそう魅力的なものにしてくれる。夜になれば無数の窓に光がともり、明るい昼間とはちがう幻想的な風景になるのだろう。想像力をかきたてられて、写真を見ているだけでも心が浮きたってくる。
本書で紹介される窓や扉はどれも個性にあふれていて、ひとつとして同じものはない。自由に旅行ができない今、窓辺から世界を歩いてみるのも面白いかもしれない。ページをめくる旅人たちに非日常の扉を開いてくれる、そんな一冊である。
イギリス・ロンドンの何気ない裏道には、まるで魔法の世界を思わせる一角がある。
よく似た扉がアメリカのデンバーにもある
トルコやイタリア、ポーランド(略)ピンクの窓辺
真っ赤な扉の家
白と青のストライプ
ポルトガルの大胆なデザインの建築物
『世界の窓辺さんぽ』
光文社 編/ WANDERLUST