なぜ音が届いていても、聞こえないのか?――知覚過敏1
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

音は届いているが、聞こえてはいない。

 

発達障害を持つ子を育てていると、けっこうな確率で出くわす現象だと思う。

 

どんなメカニズムになっているのか子どもに聞いてみたい現象の一つだと思うが、これについては自分自身がかなり実感をもって答えられると思う。

 

まず前提条件として、ぼくは機能としての聴力はかなりいい。

 

というか、健康診断で聴力測定をやると、「え、今のが聞こえたんですか? ほんとに? その歳で? タイミングを見計らって適当に押してません?」と二度見されることがそれなりにある水準でよく聞こえる。

 

発達障害の子は知覚過敏が多いと聞く。本人達に確かめるすべがあまりないので、実態はよくわからないけど、ぼくの耳の聞こえ方が発達障害特有のそれに近いのであれば、たぶん聞こえすぎたり匂いすぎたりするのだ。

 

ぼくの場合は耳の他には鼻が過敏で、たばこの匂いは煙いといよりも痛い。

 

とはいえ、調香師として生計が立てられるようなものではないし、耳だって音は聞こえるけど絶対音感があったりするものでもない。使いどころがない、もてあまし気味の機能である。情報システムでいうならば、実装されなくても良いたぐいのやつだ。

 

歯医者でもよく検査が止まる。

 

なんだか唾液の量が多いのだ。

 

「3分でどのくらい唾液が出るか検査するので、このコップに出してくださいね」と、看護師さんに一点の曇りもない笑顔で促されると恐怖を覚える。

 

「えーと、これ溢れちゃったら、2つめのカップはどこに……?」

 

「だいじょうぶですよぅ~~~~~~~、こんなに出る人いませんから」

 

って、言われても溢れるのだ。

 

「ええっ!! あふれたんですか!」

 

って大げさに驚くのも、地味に傷つくのでやめて欲しい。だからゆったのに。

 

……歯医者の話は発達障害とは関係なかった。しかし、発達障害の子をいかに歯医者に引きずっていき、どう押さえつけるかはその親にとって極めて重要なテーマかと思うので、このことについてはいずれ話そう。結論から言えば、虫歯にしないにこしたことはない。子どもがたとえどんなに歯磨きが嫌いで、歯を食いしばるたちだったとしても。

 

あっ、でも「ハキラ」(商品名出していいのだろうか)はいいかも。美味しいし、虫歯が遠のいた気はする(個人の感想です)。子どもがあんまり使わなくなった後も、自分で買い続けて夜中にボリボリ食べてる。夜食の罪悪感をあまり感じない。

 

で、機能としての聴力はいいのだが、周囲の人には「あまり人の話を聞いていない人」とか「耳の聞こえが悪い人」と評価されていると思う。

 

思春期の頃は苦労した。ぼくは単純に呼ばれていても聞こえていないだけなのだが、教員や両親に思春期特有の反抗だと思われて、何度か始末書を書かされた。反抗するほど確固たるポリシーなんか持っていなかったのに。

 

音としては聞こえているけど、認知はしないというのはどういうことか。

 

よく言われることだけれども、何かに集中していて他の人の声が耳に入らない状態を想起するといいと思う。

 

もしくは逆の説明のほうがわかりやすいだろうか。

 

よく、「雑踏のノイズの中でも、知人の声は浮き上がるように聞こえる」という話を聞く。ぼくはこの話を理屈としては理解できるけど、経験がないので実感はできない。

 

上で述べたような話は、わりとおかしいことだ。だって、知人の声よりも、周囲の喧噪のほうが圧倒的に音の大きさ、強さ、音圧はでかい。

 

でも、友だちの声ならば聞こえるのならば、そこには何らかのノイズリダクションがかかっていると考えるのが順当だろう。

 

周囲の喧噪という自分にとっての雑音をクレンジングして、そこに埋もれていた価値ある情報(友だちの声)を取り出しているのである。ちゃんとやろうとすると、かなり難しい処理だ。音声データを渡すから、今すぐノイズをキャンセルするアプリを作れと言われても自信がない。そもそも、最後に残すべき大事な情報の定義って何だ?

 

人間の音声域の情報を全部残したら、他にもまだ色々な雑音が混じっているだろうし、仮に人の声だけを抜き出したとしても、それがどうでもいい人か、家族や友だちかの判定までしなければならない。高度というか、めんどくさい処理である。

 

これをふつうの人は適切に、リアルタイムにやっているのかと思うと、くらくらする。みんなすごいや!

 

発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします
下記よりお送りください。

 

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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