縄田一男が読む『火車の残花 浮雲心霊奇譚』魅力的な怪異に満ちた幕末の物語

小説宝石 

『火車の残花 浮雲心霊奇譚』集英社
神永学/著

 

赤眼の「憑きもの落とし」浮雲が活躍するシリーズ最新作は、罪人の亡骸を奪い去る妖怪・火車をモチーフとした一篇。小説の中で火車が登場するのは、昭和三十年代に書かれた高木彬光の神津恭介もの『火車と死者』以来だから、ずいぶんと久々といえるだろう。

 

今回の浮雲は、新撰組以前の土方歳三とタッグを組んで怪異の謎に挑むが、共に京を目指す二人が川崎で耳にしたのが、この火車の噂だった。火車による殺人? そんな事が可能なのか。ラストでこの謎は合理的に解決されると分かっていても、黒焦げの水死体という発端の怪奇性は甚だ魅力的である。また、宿場では宿の主の息子が何者かに取り憑かれるなど、怪奇な現象が次々に発生していた。ここに浮雲と土方に次ぐ第三の男として登場するのが才谷梅太郎。先の二人が陰のキャラクターであるのに対し、才谷は陽のキャラクターであり、彼は本作中最も異彩を放って活躍している。

 

物語の背景には、いかにも幕末らしい時代の潮流が渦巻いているが、本書の特色は、それが怪異と不可分に結びついている点にあろう。また、浮雲が才谷と酒ばかり飲んでいて、情報収集はもっぱら土方にまかせっきりでいるように見えて、生者の都合、すなわち欲ではなく、死者への同情で謎の核心に迫る決意をするなど、著者は、この物語の背後には常に哀しみが息づいていることを、早めに読者に提示していることも見逃せない。
さらに面白いのは、絵師で呪術師の狩野遊山から土方があなたはやがて血に飢えた狼になるとその未来を占われる点であろう。

 

興趣の尽きない一巻といえる。

 

こちらもおすすめ!

『東京ホロウアウト』創元推理文庫
福田和代/著

 

物流が崩壊した東京を描く快作

 

二〇二〇年に東京創元社から刊行された本書を、改稿、文庫化。より緊迫感あふれる日本的パニック小説の一典型として、ここに登場した。

 

オリンピック開催が眼前に迫るコロナ禍の東京。配送トラックを狙った青酸ガステロ、鉄道爆破、高速道路のトンネル事故が次々に発生。物流が崩壊してしまう。

 

犯人グループの目的は? そして陸の孤島と化した東京をめぐって、立ち上がったのは、物流のプロであるトラックドライバーをはじめとする名もなき者たち。凄まじい盛り上がりと感動と興奮!

 

『火車の残花 浮雲心霊奇譚』集英社
神永学/著

この記事を書いた人

小説宝石

-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を