2018/10/12
金杉由美 図書室司書
『スケルトンキー』KADOKAWA
道尾秀介/著
あー、こう来たか!
久しぶりにドヒャッと驚かされた。道尾秀介に。
サイコパスと呼ばれる人たちがいる。
常に冷静で感情に動かされず、動揺しない。
一切ためらうことなく、自分に有利になる行動をとる。
目的を達成するため、障害物を徹底的に排除する。
普通の人間が出来ないような、しないようなことが出来る。
それはある意味ひとつの才能だ。
最も合理的な道を、迷わず選んで突き進む。
善に転べば、大きな事業を成し遂げ、英雄と呼ばれるかも。
悪に転べば、凶悪な犯罪に手を染め、怪物と呼ばれるかも。
サイコパスは遺伝率が高いらしい。
胎児の時におかれた環境にも左右されるらしい。
しかし、同じ資質を持っていても、才能をどう使うかは本人次第だ。
生まれながらに持たされていたスケルトンキーで、善と悪、どちらに通じる扉を開けるのか。
本書の主人公、孤児院出身の錠也は、感情に揺さぶられたことがない。
幼馴染みのヒカリから、そういう人間を「サイコパス」と呼ぶのだと指摘されていた。
彼は知り合いの週刊誌記者にその才能を買われ、スクープ獲得の手伝いを始める。危険と背中合わせの仕事だが、錠也にとっては平穏とさえ言える日常。進んで危機的状況に飛びこみ、薬の助けも借りて心拍数を上げることで自分の中のもうひとりの自分を抑える。それが錠也の生きていく術だ。
だが、ある男が刑務所から出所したことを知ったとき、彼の人生は大きく変わりはじめる。
物語はイントロからアクションシーンの連続。
錠也が白バイに追われてバイクを走らせるシーン。
アクセルを全開にしたまま交差点に突入し、車と車の間をすり抜ける。
どんなに優秀な白バイ警官も、恐怖を感じない人間には追いつけない。
この、クールに冷え切った心のまま、危険にギリギリまで近づく感覚。
本人は平常心でも、読者の腕に鳥肌がたつ。
そして、更にアクションシーンは過激になる。
こんな怪物のようなサイコパスが一堂に会して殺しあったら。
考えるだけでもおぞましい。喧嘩は、腕力やテクニックより、恐怖心の無さや手加減の無さがモノを言う。
金属バットを人の頭に向かって平然と全力で振り切れるものが、勝つ。痛みを気にせず折れた腕で相手を殴れるものが、強い。そんな化け物たちの潰しあいは、理性のあるゾンビ同士の戦いみたいなものだ。
さあ、どうなる?
鳥肌がたちっぱなし。
読み進んでいくうちに痛感した。
サイコパスの主人公に安心して感情移入するのは難しい。
何を考えているのか、どう感じているのか、どんな行動に出るのか。まったく予測ができない。
そしてそれはこの作品の最大の企みでもある。
信頼のおけない語り手、それ自体に罠がある。
見事に引っかかった。
反則すれすれというか、結構露骨な反則だと思う。
でも信頼できない語り手モノなのだから仕方ない。信頼できないと最初に言われていたんだし。
仕方ないんだけれど、こんな予想の斜め上から来る攻撃にはサイコパスでも対応しきれないのではないか。
くやしい。なんだか負けた感がある。
もうひとつ、くやしかったこと。
スケルトンキーで開けられた箱に入っていたものに、うっかりやられてしまった。
何が入っているか予想はしていたのに。
これも反則だと思う。
怖れを知り、心を動かされ、他人に共感する。そんな人間としての感情は、決して弱みではない。
サイコパスの強さとは真逆でも、それはまたもうひとつの才能。
パンドラの箱から最後に出てきたものは、祝福。
気がついたら感情移入できないはずの主人公に共感していた。
つくづくずるいな、道尾秀介。
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恐怖を知らないということは痛みを知らないことにとても似ている。
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サイコパスって、意外に身近にもいるのではないだろうか。
あなたのまわりにも。
もしかしたらあなたも。
そしてわたしも。
「スケルトンキー」KADOKAWA
道尾秀介/著