住み慣れた街の足元に眠る「灰色の遺跡」

坂爪真吾 NPO法人風テラス理事長

『裏横浜 グレーな世界とその痕跡』筑摩書房
八木澤高明/著

 

 

埋め立てられた海上の楼閣、外国からの要求で作られた屠殺場、老人たちの集うストリップ劇場、チャブ屋、中華街にある革命家の隠れ家、外国人娼婦の連れ出しバー……。

 

本書『裏横浜』は、著者の出身地である横浜を舞台にして、かつて多くの人を魅了し、賑わいを見せていた「グレーな世界」の痕跡を丹念に描いた一冊である。

 

グレーな世界には、人を引きつける力がある。合法と違法の狭間、日常と非日常の狭間に存在するグレーの世界は、表の世界に馴染めない人たちが身を寄せる避難所、そして裏の世界の住人にもなりきれない人たちが集う最後の砦になる。

 

そうした世界は、時折メディアで取り上げられ、スポットライトが当てられる。社会問題や映画・文学作品の舞台になり、一時的に賑わいを増すこともある。

 

しかし、そうした状況はいつまでも続くわけではない。グレーな世界にも、寿命はある。

 

本書の中で、横浜にあるストリップ劇場「黄金劇場」の劇場主が、風営法違反や公然わいせつなどの容疑で逮捕される場面が出てくる。グレーな世界の一つであるストリップ劇場は、社会から弾かれた人たち、生きづらさを抱えた人たちが、「世間の奔流に流されないように必死にしがみついている杭」であった。

 

経営が斜陽になったストリップ劇場は、裸を見せるだけでは満足しなくなった客をつなぎとめるために、舞台上で性行為を行う「本番まな板ショー」などの過激なサービスに乗り出した結果、摘発され、消滅していった。グレーな世界で生きてきた人たちは、グレーな世界の寿命が尽きるとき、ホワイトな世界に移動することができず、ブラックな世界に転落してしまう。

 

グレーな世界がグレーであり続けることは、非常に難しい。遅かれ早かれ、ホワイトになる=浄化されるか、ブラックになる=違法になるか、いずれかの道をたどることになる。

 

どちらの道をたどるにせよ、グレーな世界が持っていた人を引きつける力=引力は、白くなった瞬間、あるいは黒くなった瞬間に、人を排除する力=斥力へと転化する。人の姿や賑わいは消え去り、痕跡だけが残る。

 

本書を読むと、舞台になっている横浜だけではなく、私たちの住んでいる街にも、普通に暮らしているだけではまず気づかない、グレーな世界の痕跡が眠っている可能性に気付かされる。

 

自分たちの暮らしている街にかつて存在していたグレーな世界の歴史や顛末=「灰色の遺跡」を知ることは、単なる懐古趣味ではなく、自分たちの街の未来をデザインするために必要不可欠なことである。

 

本書を読み終えた後、読者は自分の生まれ育った土地の「裏」を調べてみたくなる欲求に駆られるはずだ。

 

『裏横浜 グレーな世界とその痕跡』筑摩書房
八木澤高明/著

この記事を書いた人

坂爪真吾

-sakatsume-shingo-

NPO法人風テラス理事長

1981年新潟市生まれ。NPO法人風テラス理事長。東京大学文学部卒。 新しい「性の公共」をつくるという理念の下、重度身体障がい者に対する射精介助サービス、風俗店で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」など、社会的な切り口で現代の性問題の解決に取り組んでいる。2014年社会貢献者表彰。 著書に『はじめての不倫学』『誰も教えてくれない 大人の性の作法』(以上、光文社新書)、『セックスと障害者』(イースト新書)、『性風俗のいびつな現場』(ちくま新書)、『孤独とセックス』(扶桑社新書)など多数。

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