「最後の怒れる若者、金曜日の深夜0時過ぎ」【第2回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

100位
『ホワットエヴァー・ピープル・セイ・アイ・アム、ザッツ・ホワット・アイム・ノット』アークティック・モンキーズ(2006年/Domino/英)

Genre: Indie Rock, Garage Rock, Punk Rock, Post-Punk
Whatever People Say I Am, That’s What I’m Not – Arctic Monkeys (2006) Domino, UK
(RS 371 / NME 19) Score: 130 + 482 = 612 pt
※100位、99位、98位の3枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: The View from the Afternoon/M2: I Bet You Look Good on the Dancefloor/M3: Fake Tales of San Francisco/M4: Dancing Shoes/M5: You Probably Couldn’t See for the Lights But You Were Staring Straight at Me/M6: Still Take You Home/M7: Riot Van/M8: Red Light Indicates Doors Are Secured/M9: Mardy Bum/M10: Perhaps Vampires Is a Bit Strong But…/M11: When the Sun Goes Down/M12: From the Ritz to the Rubble/M13: A Certain Romance

 

発表即、一大センセーションを巻き起こした。すでに古典的な意味でのロック・ソングの不作・不毛の時代は幕を開けていたのだが、その暗雲をつらぬいて「ロックらしいロック」が打ち鳴らされたことに全英が熱狂。初登場1位、プラチナム・セールスはもちろん、同国のあらゆる音楽賞を獲得した。若きロック・バンドのデビュー・アルバムの、ひとつの理想形とも言うべき美点が凝縮されたアルバムが本作だ。

 

その美点とはもちろん、明朗なる青春の謳歌やら称揚ではない。そんな青春はここにはない。ロックとは「すでにそこにある」世界ぜんたいへの違和感を表明するための音楽だ、という考えかたに立つ人々の心の奥底に最も突き刺さる、美点だ。つまり止むことのない焦燥、「いら立ち」の転写がここにある。英北部はシェフィールド出身の4人組。アルバム発表時の平均年齢は19歳とすこし。まだ少年のあどけなさを表情に残す彼らが創造したのは、性急というよりも「短気」のロックだった。

 

歌詞のストーリーはどれも、地元の街で、週末にナイトクラブをふらつく若者の心のうちの描写だ。日常的な出来事の連続を、一人称の視点で記す。平凡で私的なはずのストーリーがつねに「個と社会」との摩擦という普遍的命題へと連結されていくその筆致に、ヴォーカル&ギターと作詞作曲を担当するアレックス・ターナーの才気が見て取れる。本作の印象的なタイトル(「みんなが俺のことどう言っていようが、それ全部、俺じゃないから」)の引用元である作家アラン・シリトーの長篇デビュー作『土曜の夜と日曜の朝』を思い起こさせる。もちろん『長距離走者の孤独』も。

 

そんな詞が、硬くとがったギター・サウンド、石つぶてが鉄板に衝突し続けるようなスネア・ショット――という、どこをどう切っても鋭角的なロックンロールに載せられて、神経質な若者が立て板に水で放つ悪罵のごとき速度と物量で、解き放たれていく。その様は、あたかも77年あたり、ザ・ジャムでデビューした当時のポール・ウェラーの再来のようだった。英国伝来の「怒れる若者」が、遮二無二にマイクに吠えている姿だった。

 

このアルバムの成功によって、ターナーはこのあと英音楽シーンを牽引していくことになる。トップ・モデルと浮き名を流すセレブリティとしても有名になる。しかし本作以上の衝撃をロック・ファンに与えうる一作を、いまだ彼らは生み出せてはいない。

 

次回は99位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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