夭折の才人が遺した、清廉にして優美なる「絶技」【第3回】 著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

99位
『グレース』ジェフ・バックリィ(1994年/Columbia/米)

Genre: Alternative Rock, Folk Rock
Grace – Jeff Buckley (1994) Columbia, US
(RS 304 / NME 86) Score: 197 + 415 = 612 pt
※100位、99位、98位の3枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: Mojo Pin/M2: Grace/M3: Last Goodbye/M4: Lilac Wine/M5: So Real/M6: Hallelujah/M7: Lover, You Should’ve Come Over/M8: Corpus Christi Carol/M9: Eternal Life/M10: Dream Brother

 

なによりもまず本作は、見事なるヴォーカル・アルバムだ。3オクターブ半、いや4オクターブを自在に使いこなす、と噂された彼の歌声は「上手い」だけではない。正しく「魂をゆさぶる」歌唱と呼ぶべきものだ。この情緒性こそが、ジェフ・バックリィが生前に完成させた唯一のスタジオ・アルバムである本作に、永遠の命を与えた。

 

その真骨頂は、たとえばM6、レナード・コーエン作「ハレルヤ」のカヴァー1曲を聴けばわかる。これだけでも、幾度映画やTV番組にて使用されたことか。さらにこのヴァージョンが、他のヴォーカリストたちに幾度「カヴァー」されたことか。

 

バックリィの歌にはまず「聴き手の心臓をわしづかみにする」ようなソウルフルネスがある。それが感傷の波動を湧き立たせる。くっきりと星空に描かれた虹が月にまでかかる橋となるような、清廉にしてスケールの大きなロマンチシズムを生む……。

 

彼のヴォーカル・スタイルは、ときに「ロバート・プラントとヴァン・モリソンのミックス」と評される。あるいは、彼の実父であるシンガー・ソングライター、ティム・バックリィの持ち味である「楽器のひとつのように、自在に声を操作する」方法論をマスターしている、とも。ジミー・ペイジ、U2のボノ、エルヴィス・コステロらをも魅了した、彼のこの「絶技」が、繊細きわまりない本作を生き延びさせた。「グランジ」ロック全盛期およびヒップホップ黄金期という逆風のなかで。

 

バックリィの溺死体が発見されたのは、97年6月4日だった。米テネシー州メンフィスに滞在して、本作に続くアルバムを制作中だった。5月29日の夕刻、ミシシッピ川の支流、ウルフ川の波止場近くで着衣のまま水に入り、レッド・ツェッペリン「胸いっぱいの愛を」を歌っていたバックリィは、ローディが一瞬目を放した隙に水中へと消えてしまう。6日後に引き揚げられた彼の体内には酒や薬物の使用痕跡はあったものの、しかし自殺や他殺ではなく、不慮の事故死だと警察は結論づけた。

 

30歳のバックリィに訪れた突然の死は、28歳にて薬物過剰摂取で他界した父親ティムの最期を多くの人々に思い出させた。だがしかし、ジェフ・バックリィの短い生涯が父のそれをなぞるだけのものでは決してなかったことは、本作が証明している。この『グレース』は、ティムが残したすべてのアルバムをはるかに超える高い評価と深く厚い支持を、時代を越えて集め続けている。

 

次回は98位!乞うご期待!!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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