2018/11/02
石戸諭 記者・ノンフィクションライター
『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』
藤井 誠二 /著
9月末にあった沖縄県知事選の取材のため1週間ほど現地取材をしていた。そのなかで、あらためて痛感させられたことがある。僕は沖縄の抱えてきた歴史について何も知らないのだ、と。本書の著者である藤井誠二は沖縄と東京の二重生活を楽しみ、沖縄で飲み歩き、沖縄に関する著作も出している。今のノンフィクション業界で言えば沖縄にもっとも精通していると言ってもいい書き手だ。
本書はその藤井自身が抱いてきた沖縄のイメージを打ち破り、売春街という歴史から浄化され消えていった「アンダーグラウンド」に生きた人々の声を書きとめた記録である。
彼は沖縄について固定化された一面的なイメージを持っていたと告白する。それは「反戦と平和を希求する沖縄」であり、大江健三郎や灰谷健次郎といった作家たち、先達であるジャーナリストたちが振りまいてきたイメージと合致する。
ひめゆりの塔に行き、集団自決があったチビチリガマに行き、沖縄民謡を聴きながら泡盛を飲む。イメージを再確認した藤井は本書のキーパーソンとなるタクシードライバー大城にこんな誘いを受ける。
「じゃあ、沖縄の別の顔も見せてあげましょうか」
たどり着いたのが、宜野湾市にある売春街「真栄原新町」だ。沖縄の恥部と言われたこの町は2010年過ぎになり官民一体の浄化運動とともになくなった。
僕は藤井の取材を追体験しながら県知事選を取材中、ある老政治家に言われた一言を思い出す。
「私たちのような戦前生まれの沖縄人、琉球人という意識があるんです。日本国沖縄県ではないんです。ウチナンチュとヤマトンチュは違うのだという意識がね、どうしてもあるんです」
彼が言いたかったのは、本土からやってきて、すぐに帰る若者にはわからないことがある。それを忘れないようにという忠告も含んでいたと今になって思う。
一見すると関係のない声をどうして思い出したのか。それは沖縄と本土、表の沖縄と裏の沖縄、本土からやってくる男性ライターと売春街ーーといったように幾重にも引かれた線を藤井は常に突きつけれていたからだ。彼は線そのものを見て見ぬ振りをしない。時にそれを踏み越え、時に立ち止まりながら取材を重ねていく。
あとがきには取材者であれば誰もが一度は感じる疑問が書かれている。地元から「恥部」とまで言われた街の記録をどうして「ヤマトンチュ」であるノンフィクションライターに語ったのかという疑問だ。
「どんな悪口を言われようとも、人が生きてきた街なのだから、誰かに書いておいてほしいから」というものだったという。誠実なノンフィクションの書き手だけに明かされる最大の賛辞だ。
私事ながら、僕のルーツは奄美大島にある。母方の実家があり小学校時代の3年間を過ごした。本書には奄美について全く知らなかった歴史も書かれている。知らなかったのは沖縄の歴史だけではなかった。
まだまだ知っておいたほうがいい消えた歴史があるということ。それも突きつけられた一冊だったことを最後に記しておきたい。
『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』
藤井 誠二 /著