2022/11/04
長江貴士 元書店員
『理不尽な国ニッポン』河出書房新社
ジャン=マリ・ブイス/著 鳥取絹子/翻訳
タイトルを見て、「日本を批判する本だ」と感じるかもしれない。確かに、そういう側面がゼロとは言えない。しかし本書は、全般的には日本を肯定する本だ。フランス人である著者は、日本を「理不尽な国」と感じつつ、一方、「それでも、共同体・国家・社会が団結しているのなら、上手くいっていると言うべきではないか?」と問う。そう、本書は、著者がフランス人向けに書いた日本エッセイの邦訳版だ。
著者は、日本人女性と結婚し、日本在住歴は20年を超える。冒頭で、「私のように何年間も日本に住んでいる外国人はなぜ、私と同じようにこの日本にいてこうも居心地がよく、もう母国に帰りたくないと思うほどになるのだろう?」と書いている。個人の権利を強く主張するフランス人からすれば、日本の在り方や日本人の振る舞いは「理不尽」と感じられることばかりだ。しかし著者は、自由を振りかざすあまり、国家の権力を低下させてはいまいか、と説く。フランスでは、あらゆるものが社会の分断を助長する役割を果たし、それが社会全体の緊張感を高めている。日本は、おかしな点は多々あるが、それでも対立や議論が慎重に避けられ、個人が状況に応じて自ら自由を制約することで、集団の秩序を保つように振る舞っている。そのことで、フランスで顕在化しているような様々な問題が抑えられているのではないかと、客観的なデータを元にフランスと比較することで明らかにしていく。
著者は様々なテーマから多様な結論を導き出すが、それらの根底にあるものは共通している。それは、「日本では、善悪は社会が決める」というものだ。
フランスを含む欧米では、個人は「禁止されていること以外は妨げられない」というのが当たり前だ。しかし日本では逆に、「明白に許可されたこと以外は、暗に禁止である」というのがベースにある。日本では週刊誌の餌食になる不倫や薬物所持、あるいは暴言や買春についても、フランスでは裁判所が有罪と認めない限り何の問題もなく、社会的制裁を受けることもない。政治家の感情的、性的な異常行動は「伝統的に職務につきもの」とみなされ、批判は出るが、それが社会の団結に寄与することはない、という。逆に日本では、これらの報道を通じて、「不品行は割に合わない」ということを日々実感させられる。このようにして、「善悪は社会が決める」という暗黙のルールを認識させているのだ、と分析する。
この「善悪は社会が決める」という捉え方を、著者はメディアや宗教、歴史認識などについても展開していく。例えば欧米では、宗教が善悪を判断する基準になる。だからこそ、異なる宗教間で論争・分断が起こる。しかし日本では、宗教がその役割を担うことはなく、唯一社会だけが善悪を判断出来る。そして、その社会の成員として、「逸脱しないほうが良い」というメッセージを様々に受け取ることで、社会の安定が保たれているのだ、と。
記述のすべてを正しいと感じるわけではないが、全体的に非常に納得感のある内容だった。普段とは違う角度から「ニッポン」を見る良い機会になるだろう。
『理不尽な国ニッポン』河出書房新社
ジャン=マリ・ブイス/著 鳥取絹子/翻訳