ゲットー出身の天才高校生4人から見えるアメリカ『最後のシュート』

藤代冥砂 写真家・作家

『最後のシュート』福音館書店
ダーシー・フレイ/著 井上一馬/訳

 

スポーツというのは、大概、勝敗や順位という結果のある競技である。

 

私は幼い頃から野球観戦が好きで、日本シリーズの数日前から胸が一杯になるような少年だったが、一方で、なぜ人々はそんなにまで他人の勝負に熱狂するのか不思議でもあった。

 

少年ながらも、スポーツという小さな戦争を観て楽しむことは、ローマの円形劇場での奴隷の闘いを観戦する野蛮さと本質的には同じではないかと訝しく思っていた。さらにもう少し成長した頃になると、集団で争いに熱狂するような精神レベルに留まっているうちは、つまり日常の中で争いを観て楽しんでいる感覚があるうちは、世界平和など人類には訪れないだろうとさえ断じていた。

 

フットボールは発祥の地イングランドでは労働者階級の鬱憤ばらしであったし、ブラジルやアルゼンチンで私が実際に観たスタジアムの火炎混じりの熱狂は、さすがに行き過ぎで、もはや観戦ではなく、観衆も戦士の一部となっている。ともに社会のヒエラルキーが捌け口を求めている現象の一例に見えもするのだ。

 

だが、そういうことはあるにせよ、鍛え抜かれた躍動する肉体には、人々を感動させてしまう美しさがあることも否定できない。そこには常人から超人へと変化する、言わば神に近づいたかのような崇高さがあって、勝敗の結果よりもそこに惹きつけられる人も多いだろう。個人として速さや距離などへの記録へ挑み続ける陸上や水泳やスキーなどには顕著である。

 

とにかく理由はそれぞれだが、私たちの多くは、自分では望めない身体能力や技術を用いて躍動する姿に対して、これからも惹かれ続けていくのだろう。

 

ここにある「最後のシュート」は、バスケットボールを扱ったノンフィクション小説である。訳者の井上一馬さんの名は、ボブ・グリーンさんの著者を通して概知だったので、久しぶりにアメリカンなノンフィクションでも、と気軽に手に取った。題材もニューヨークのコニーアイランドにある高校が舞台とされており、NBAを目指す者たちの青春群像となっている。

 

 

だが、予想に反して、ここに描かれていたのは、アメリカの黒人たちが置かれている貧しい現実の影であった。

 

コニーアイランドは、ニューヨークの郊外にある気軽な海辺の街として栄えていたが、ウディ・アレンのノスタルジックな映画に描かれてる華やかな歓楽地の面影はとうに失せ、現在は重苦しい公営住宅が並ぶ貧民窟のような街であり、そこから抜け出すためには、バスケットボールかヒップホップで這い上がるしかないような場所として描かれている。そこから出られない者は麻薬のディーラーになり、常に命の危機に晒される最下層な日々を送ることになる。貧しい少年たちにとってバスケットボールは天から吊るされた黄金のロープであり、それを登りきることだけが希望の道であると。

 

著者のダーシー・フレイさんは、一年間コニーアイランドのリンカーン高校周辺で取材を続け、ナイキ社がいかに中高大とくまなく有望株に影響を与え続け、大学やコーチがいかにマネタライズしているのかを鮮明に描き出している。そしてNBAという頂点が、いかに天才と天運に恵まれた一握りの者たちが集う場所なのかを、社会の影の世界から仰ぎ見るように、ひりひりと記している。

 

これはアメリカのあるスポーツビジネスの光と影だけでなく、アメリカそのもの、さらには資本主義とそれが生み出すヒエラルキーという恒常的な対比を私たちに提出している。

 

コニーアイランドのゲットーから出た4人の天才高校生プレイヤーは、やがてそれぞれの未来に導かれて別々の人生を歩んでいく。地域の期待と夢を一身に背負ったその顛末はここではもちろん省くが、4人の中で唯一NBAまで駆け上り、オールスターにも二度選ばれたステッフォン・マーベリーは、この作品の中では、まだ15歳である。数々のNBAチームのジャージを着てユーチューブ動画の中で踊るようにプレイする彼の背景に、コニーアイランドのゲットーにあるザ・ガーデンと呼ばれるストリートバスケのコートが透けて見えていた。

 

ー今月のつぶやきー

「今年は壱岐に通っています。神道所縁の地であり、先日はそのうちの42社を巡りました。数日のうちに、こんなに頭を垂れたことは今までなかったです。おすすめは龍蛇神社(長崎県壱岐市芦辺町瀬戸浦 龍神崎)。どうも龍が気になります」 撮影/藤代冥砂

 

『最後のシュート』福音館書店
ダーシー・フレイ/著 井上一馬/訳

この記事を書いた人

藤代冥砂

-fujishiro-meisa-

写真家・作家

90年代から写真家としてのキャリアをスタートさせ、以後エディトリアル、コマーシャル、アートの分野を中心として活動。主な写真集として、2年間のバックパッカー時代の世界一周旅行記『ライドライドライド』、家族との日常を綴った愛しさと切なさに満ちた『もう家に帰ろう』、南米女性を現地で30人撮り下ろした太陽の輝きを感じさせる『肉』、沖縄の神々しい光と色をスピリチュアルに切り取った『あおあお』、高層ホテルの一室にヌードで佇む女性52人を撮った都市論的な,試みでもある『sketches of tokyo』、山岳写真とヌードを対比させる構成が新奇な『山と肌』など、一昨ごとに変わる表現法をスタイルとし、それによって写真を超えていこうとする試みは、アンチスタイルな全体写真家としてユニークな位置にいる。また小説家としても知られ著作に『誰も死なない恋愛小説』『ドライブ』がある。第34回講談社出版文化賞写真賞受賞

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