“エモさ”不要の、ほろ苦くてみずみずしい短歌集『花は泡、そこにいたって会いたいよ』

小野美由紀 作家

『花は泡、そこにいたって会いたいよ』書肆侃侃房
初谷むい/著

 

この歌集を知ったのは、いつも面白いことを呟いているTwitterのフォロワーさんが、初谷むいさんのツイートをRTしていたからだった。確かその文面は、発売に寄せて本書の中からむいさん自身が選んだベスト5作品、といったもの。
作者が自分でそれやっちゃう?と、なんだか笑ってしまったのだが、そこに並んでいた短歌たちの、ため息をつきたくなるような絶妙な言葉選びのセンスに、次の瞬間には思わずアマゾンを開いて本を購入していた。

 

<イルカがとぶイルカがおちる何も言ってないのにきみが「ん?」と振り向く>
<忘れやすいこころですので安心してばかにしたり傷つけたりしていいです>
<当たり棒だけの世界ではないけれど、あなたはそう見えた めくるめく>

 

むいさんの歌は、恋の喜びに溢れている。温かかったり、湿っていたり、ほのエロかったり、切なかったり、苦しかったり、これでもか!というぐらいに恋する女の子のときめきがぎゅぎゅっと濃縮されているのだが、けど、かといってTwitterで時おり流れてくるような恋愛妄想ツイートのような、エモさ100%かというとそうではない。エモいことを全力でやることを拒否しているような、正面から褒めようとすると、わざとふいと顔を背けてしまうような、そんな「ずらし」がどの短歌にも散りばめられている。

 

その一筋縄ではいかなさと歯痒さ、見ている世界がくらりと転覆してしまうような鮮やかな裏切りに、一句読むごとに思わず瞬きを繰り返してしまうのだ。

 

<誰だって忘れられない人がいる DMMトンデモエロマンガ>
<開かれていつかうしなうものばかり 花びら汚染地域で笑う>

 

しばし難解だし理解できない感性もあるが、エモさ全開の恋愛妄想ツイートよりもずっと品があり、ページをめくってしっとりと浸りたくなるような読み応えがある。いつまでも味わっていたくなるような奥行きのある作品ばかりだ。

 

この味わい深い「ずらし」と「裏切り」が一体どこから来ているのか考えてみたのだが、その要因の一つとして、彼女の短歌には「生活」がチラ見えするからではないか。

 

<どこででも生きてはゆける地域のゴミ袋を買えば愛スペシャル>
<わたしたち、枯らした植物埋めちゃって、そこを幕府と呼んでいました>

 

恋はいつまでも綺麗なままではい続けられない。長く付き合う二人の間には生活が生まれ、切なさとか愛しさとかそんなピュアで高潔な感情ばかりに浸ってい続けられない時がくる。

 

そんな時に、例えばセックスした翌朝、ゴミ袋をゴミ捨て場に持って行きながら、昨日の夜に盛り上がりついでに自分が放ったエロアニメみたいなセリフを思い出して自分で笑ってみるとか、もう少しで殺し合うほどまでに憎しみあい、痴情のもつれた相手と別れ際にレシート並べて経費精算するようなしょぼさ、そういう恋愛と生活の落差が生むちょっとした恥ずかしさ、茶化したくなる感じ。そういったものが彼女の短歌には香り立ち、却ってたまらない叙情を孕む。

 

きっと覆したいんだろうな、エモさ100%が定石だった短歌の形態を。そのやり方がなんとも鮮やかで女子っぽく、糖衣100%の丸薬をがりがり噛んでいるような、そんな味わいの歌集。

 

<ふたりの夜は麦茶が笑うくらい減るふたりでいちばん人間になる>
<カルピスの原液で飼うかぶとむし だいじだいじって撫でていた角>

 

春に世に出た本だけど、夏にも似合う温度です。

 

『花は泡、そこにいたって会いたいよ』書肆侃侃房
初谷むい/著

この記事を書いた人

小野美由紀

-ono-miyuki-

作家

1985年東京都生まれ。慶應大学文学部仏文学専攻卒業。学生時代、留学、世界一周に旅立ち22カ国を巡る。卒業後、無職の期間を経て13年春からWebや雑誌を中心にフリーライターとして活動開始。徐々にコラムやエッセイに執筆の域を広げる。著書に、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)、エッセイ『傷口から人生。~メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』(幻冬舎)、『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み・食べ・歩く800キロの旅』(光文社)。2018年、初の長編小説で銭湯を舞台にした青春群像劇『メゾン刻の湯』がポプラ社より発売。月に1回、創作文章ワークショップ「身体を使って書くクリエイティブ・ライティング講座」を開催している。


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