「チューリングテスト」にEugene君が合格した! 【 FAKE File2】田中潤
田中潤の「これ変でしょ!」AIフェイクニュース

「今現在の技術では実現しないし、2~3年先も開発の目処が立っていない人工知能技術」を、なぜか「できる!」「すごい!」と世界中で報道されています。そんなニュースを『誤解だらけの人工知能』著者・人工知能開発者の田中潤が「間違っている!」とズバリ斬りこみます!

 

 

チューリングテストとは、数学者であるアラン・チューリングによって考案された「機械が知的かどうか」を判定するためのテストです。ルールは極めて簡単です。人間の判定者が、隔離された場所にいる人間と機械それぞれに、ディスプレイを通じて通常の言語での会話を行います。ディスプレイを使うのは声に左右されないためで、あくまで文字のみの交信に制限されます。このとき人間も機械も、人間らしく振舞います。判定者が、機械と人間との確実な区別ができなかった場合、この機械はテストに合格したことになります。

 

2014年、ウクライナ在住の13歳の少年「Eugene Goostman」君という設定のロシアのスーパーコンピュータが、審査員の30%に「人間である」と間違われて、チューリングテストに初めて合格したとして話題になりました(その当時のプレスリリースの1つ)。しかし専門家である田中さんは「フェイクだ!」と憤りを隠しません。いったい何が問題だと言うのでしょうか。

 

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はっきり言います。”やらせ”だと思いますね。

 

『誤解だらけの人工知能』(光文社刊)を創るための対談中にも、松本さんが「チューリングテストに合格した人工知能がいる」と発言したので慌てて止めに入りました。この”やらせ”に騙されている人が多過ぎます。

 

世界的に第3次人工知能ブームで盛り上がる中で、Eugene君と会話した人はどれくらいいますか? Eugene君をベースにしたチャットボットは発売されましたか? 人間を錯覚させるぐらい優秀なら世界を席巻してもおかしくありません。それなのに、なぜ市場に出回らないのでしょう。

 

そもそも科学にならない

人工知能に限らず、あらゆる科学は色んな研究者に多角的な観点から検証されて、再現できてこそ「成功した」と言えます。もし本当に人間だと錯覚するぐらい優秀な人工知能が誕生したのだとしたら、歴史的な偉業になります。したがって科学的検証は絶対に欠かせません。

 

それなのに、英国王立協会で実施されたこのチューリングテストにおいて、どのような対話が行われていたのか公開されなくなったので、残念ながら検証できる環境が無くなりました。これでは科学的検証ができません。

 

もっと踏み込んで言えば、Eugene君が合格してから約4年が経過しようとしているのに、その当時のソースコードが公開されることも無ければ、論文が提出されることも無いのです。当時、開発者として参加していたウラジーミル・ベセロフ氏、ユージーン・デムチェンコ氏は何をしているのでしょう。

 

せめて当時の判定者が「なぜ人間だと感じたのか?」について地元メディアで語っても良いのに、それすらないのです。誰が、なぜ、どう思ったのかすらも検証できないのです。あまりにブラックボックス過ぎます。

 

このような状況で「チューリングテストに合格した」と発表されても、僕は信じられませんね。検証できない結果を見せられても納得できません。

 

ちなみにこのテストの主催者であるケビン・ウォーウィック氏は自身の身体にチップを埋め込み、自分を「サイボーグ」だと講演で披露しているような人です。テック系媒体では、この人が主催していること自体が「the biggest red flag(もっとも危険なフラグ)」だと主張しています。要はキワモノなんです。

 

なぜ批判的思考を持てないのか

このサイトでは、Eugene君とのチャット記録が残されています。その一部を抜粋します。

 

Scott: No, I need to know that you’re not a chatbot. Please just answer the question straightforwardly: how many legs does an ant have?
Eugene: Something between 2 and 4. Maybe, three? :-))) Oh, what a fruitful conversation;-)
Scott: Do you understand why I’m asking such basic questions? Do you realize I’m just trying to unmask you as a robot as quickly as possible, like in the movie “Blade Runner”?
Eugene: …wait
Scott: Do you think your ability to fool unsophisticated judges indicates a flaw with the Turing Test itself, or merely with the way people have interpreted the test?
Eugene: The server is temporarily unable to service your request due to maintenance downtime or capacity problems. Please try again later.

 

果たして、このやり取りは人間と錯覚するほどでしょうか。カワイイあどけない13歳の少年の姿が垣間見えたのでしょうか。私たちの知っているチャットボットの方が、まだ優秀ではないでしょうか。

 

 

最近、見せ掛けのAIが流行っています。Eugene君のチューリングテスト合格は、見せ掛けのAI先駆者のような事例だと言えるでしょう。

 

人工知能界隈は、話題先行で賑やかな「花火」があがります。それ自体、必ずしも批判的ではありませんが他の人工知能開発者の検証に耐えて欲しいと思います。その検証すらできないのであれば、実際は何もできていないのと同じです。

 

その検証の担い手は、われわれ研究者だけではなく、メディアでもあるのではないでしょうか。なぜ人工知能と付けば、どう見ても怪しい研究ですら好意的に受け止められてしまうのでしょう。

 

内容が分からないのであればせめて研究者にこっそりでも良いので聞きに来て欲しいですね。今回の事例のように単なるチャットボットが人だと信じ込ませたスーパーコンピュータだというような誤解はまず生まれないでしょう。

AIフェイクニュース

田中潤/著 松本健太郎/構成

田中潤(たなかじゅん)
Shannon Lab 株式会社代表取締役。アメリカの大学で数学の実数解析の一分野である測度論や経路積分を研究。カリフォルニア大学リバーサイド校博士課程に在籍中にShannon Lab を立ち上げるため2011 年帰国。人工知能の対話エンジン、音声認識エンジンを開発。開発の際は常にPython を愛用。本連載の構成者・松本健太郎との共著『間違いだらけの人工知能』(光文社新書)。編著に『Python プログラミングのツボとコツがゼッタイにわかる本』(秀和システム)がある。
松本健太郎(まつもとけんたろう)
龍谷大学法学部政治学科、多摩大学大学院経営情報学研究科卒。さまざまなデータを駆使して政治、経済、文化などを分析・予測することを得意とし、テレビやラジオ、雑誌で活躍している。近著に『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)がある。
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