2018/06/21
古市憲寿 社会学者
『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』イースト・プレス
海老原嗣生/著
厚生労働省の会議で海老原嗣生さんと一緒になったことがある。すごかった。参加者が机を囲み大人しく議論していたのに、急に席から立ち上がり、ホワイトボードを使って大声で講義を始めたのである。しかしその内容が的を射たものだったから、偉い研究者や真面目な官僚たちもしきりに頷きながら耳を傾けていた。
海老原さんとはそんな人である。聞き心地のいい「常識」や「正論」に騙されずに、実務家の立場から学者や官僚の「ウソ」(というか世間知らずゆえの勘違い)を暴いていく。これまでも『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(ちくま文庫)や『「若者はかわいそう」論のウソ』(扶桑社新書)などで、何人もに喧嘩を売ってきた。
そんな海老原さんが今回の本でテーマにしたのは「AIで仕事がなくなる」という俗説である。
俗説と言っても、立派な研究機関が発表したレポートが根拠になっている。たとえば、2015年に野村総合研究所は、今後20年以内に、労働人口全体の49%がAIやロボットによって代替される可能性が高いと発表した。他のシンクタンクも似たような研究を発表している。
しかし海老原さんは、ここでもまた冷静な突っ込みを入れていく。まずこうした研究は職種全体をざっくり調べているだけで、ある仕事の中のどの部分が機械化できるのか(できないのか)という検討が非常に甘いという。
たとえば漫画家はAIによる代替可能性が低い職業とされているが、トーンや背景といった工程の自動化がそれほど難しそうには思えない。
そして、「AIで仕事がなくなる」論にはコスパ感覚が希薄だという。いくら技術的にAI化が可能だとしても、それに費用がかかりすぎるなら企業は人間を使い続けるはずだ。そもそも日本企業は、AI化の以前にIT化が不徹底で、人事に関するデータを未だに紙で管理している企業も多い。
しかし本書は「AIで仕事はなくなりません。みなさん、このままでいいですよ」という本でもない。海老原さんの見立てでは、15年でなくなる雇用は、せいぜい9%だという。既存の研究に比べれば控えめな数字だが、それでも労働市場に与える影響は大きい。
だが、少子高齢化の進む日本では、AIやITが実現する省人化は歓迎すべきことだという。むしろ機械代替が避けられないのならば、雇用という観点に限った場合「少子化が進んでいて良かった」という皮肉な話になる。
その先にどんな未来が訪れるのか? 海老原さんによれば、「簡単な仕事なのに、誰でも高賃金」の仕事が増え、「大したことをしなくとも、大金が手に入る」社会が訪れるという。
え、そんなに楽観的で大丈夫なのかと思った人は、ぜひ本書を読んで欲しい。少なくとも「AIで仕事がなくなる」と危機感を煽るだけの研究よりは、よっぽど読む価値があると思う。
『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』イースト・プレス
海老原嗣生/著