「言葉を介さないコミュニケーションの障害」―自閉症とは?(3)
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

「言葉を介さないコミュニケーションの障害」は、自閉症の子は言葉が得意だという意味ではもちろんない。言葉もふつう苦手である。苦手でない状態がとても珍しいので、DSM-Ⅳでは言葉に遅れがない自閉症をアスペルガー症候群と区別していたわけだ。これはある意味で当たり前で、言葉は人と相互関係を結ぶためのツールであるから、人に興味がなくて、人と関わろうとしないのであれば、それは発達しないだろう。

 

一般的に、生後18か月で言葉が出てこなければ、自閉的傾向を疑うと思う。僕も「おかしいなあ」とは思っていたのだが、J医大付属病院の先生が「ふたご(ふたごなのだ。片方は自閉症で、もう片方は定型発達である)は言葉が遅いんですよねー」と異様にのんびり構えていたので、はぁそうですかと一緒にのんびりし、2歳半くらいまで療育プログラムなどに参加せず引っ張ってしまった。結局4歳くらいまで、喃語も出なかったと思う。

 

ご両親の主たる興味の一つに、「うちの子は、どのくらいまで発達できるのか」があると思う。それはめちゃくちゃ気になる。いま、定型発達の子から2年分後れているとして、大人になったとき2年遅れならそれはほとんどふつうではないかとか、このまま言葉が出なかったらどこで働けるんだろうとか。

 

「うちの子が自閉症かも」と思ったとき、他のご家庭と比べたくて、ブログショッピングを繰り返すことも多いと思う。ただ、これは気休めとしては御利益があるが、未来予測としてはあまり役に立たない。

 

定型の子の大学教育でもそうだが、能力獲得にはプラトー(高原状態)がある。ぼんっ、と能力が伸びたかと思えば、そこで何年も足踏みしたりする。もうダメかと思うと、また急速に能力が伸長する。未就学時代に「ほとんど定型発達では?」と思っていた子が、長じてみるとあまり能力が伸びなかったり、逆に未就学時代に心配されていた子が普通中学に行ったりした例も見てきた。

 

だから、「この2か月でこれだけ伸びたから、きっと2年後にはここまで到達しているはず」といった期待や心配は、両親の間での精神安定効果はあるけれど、予測というよりは占いに近いと考えておいた方がいい。

 

ちなみに、ぼくの子どもは、4歳まで言葉がなかったので、療育関係者も含めて「この子はずっとしゃべれないのかなあ」と諦めムードが漂っていたのだが、10歳のいまは「お前ちょっと黙ってろ」と一日に何回も注意しなければならないほどよくしゃべる。

 

ただ、会話になっておらず、戦国武将の家系と保有戦力数を延々としゃべり続けているところが定型発達との大きな差である。小学校の普通級に通うのはすごく無理がある。

 

話がそれた。言葉を介さないコミュニケーションだった。これはたとえば共同注視のようなことだ。

 

ぼくは中学生のころ、さも素晴らしいものがあるかのように虚空を注視し、誰かがつられてそれを見、何もないじゃないかと非難がましい視線をこちらに向けてくるのに対してにっこり微笑む遊びをして、ずいぶんクラスの人に嫌われたことがある。

 

それはともかくとして、誰かが興味を持っているものに自分も興味を持って共感するのは、非言語的なコミュニケーションの基本だと思う。でも自閉症の子は、人の視線など忖度しない。好きなものを好きなだけ見ている。

 

よく、「自閉症の子とは目が合わない」と言われる。まあ、人に興味がないのだから、理にかなった言い方かなとも思うが、ぼくの狭い経験則だと、自閉症の診断を持っている子でも、けっこう目があう子はいる。ぼくの子も、乳児の頃から視線は合った。だから、「目が合うから、うちの子は自閉症じゃないぞ」と判断するのはあまり効果的な基準ではないかもしれない。視線は合うのだが、その先の共同注視や相互理解に至らない、といった感じである。

 

「(年齢相応の対人)関係性の発達・維持の障害」は、まあその通りだ。ぼくの子は自閉症で小学校高学年だが、定型発達の幼稚園児と互するくらいのコミュニケーション能力はあると思う。泥棒が来ても入れてしまうかもしれないが、短時間の留守番も可能だし、コンビニでトレーディングカードを購入してくることも可能だ。0や100ではなく、「年齢相応にならない」ところが障害なのである。

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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