忘れ物は多い? 少ない?
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

ryomiyagi

2020/04/02

 

自閉スペクトラムというと、忘れ物が大変なイメージがあるのかもしれない。

 

「大変でしょ?」と言われることが多いのだ。

 

それはたぶんADHD(注意欠陥・多動性障害)と取り違えているのだろう。発達障害というくくりの中に自閉スペクトラムもADHDもあるし、行動が(健常者から見ると)衝動的である点も似ている。

 

でも、この2つはやはり似て非なるものだと思う。日本人が見るとフランス人もドイツ人も同じに見えるけれど、ヨーロッパの人は難なく見分けるのと同じである。健常者から見た自閉スペクトラムとADHDは同じでも、ふだん一緒に暮らしているとかなり差があることを体感する。

 

先ほど書いた「行動が衝動的」というのも、ここに根ざしていると思う。

 

ぼくらからすると、イスラム教のサラート(1日に5回、定時に行われる礼拝のこと)はずいぶん唐突に始まる印象を受けるが、信者の人にとってはごく当たり前な、自然な行動だろう。同様に、ぼくらからすると唐突な行動も、自閉スペクトラムやADHDの子には独自で不可避な理由がある。「ふつう」と文脈は異なるけれど、理のない行動ではない。

 

その、単に突発的に見える行動を起こすきっかけが、自閉スペクトラムとADHDでは違うと思うのである。ちなみにADHDは巷間に膾炙したからか、「うちの子はADHDではないだろうか」と心配される親御さんが増えたと思う。

 

何故か「見てくれないか」と言われる機会も増えた。子どもが自閉スペクトラムなら、ADHDにも詳しいだろうという見立てである。いや、似てるようでも違うって。それはネットワーク屋にデータベースも詳しいですよね? と聞くようなものである。たとえが分かりにくいか。

 

いずれにしろ、気になることがあるなら、冴えない、それも専門外の教員などではなく、しかるべき機関に相談すべきであるが、ほとんどの場合はADHDではないと思う。だって、未就学児なんて概ね多動ではないか。

 

本物の、診断が下ったADHDの子は切れ味が違うというか、体感値としては1秒たりともじっとしていない印象がある。療育施設で遊び相手になったことがあるので、体が覚えているが、多動の称号は伊達ではない。

 

よく言われるように、多動の子は大きくなると、その主訴が注意欠陥へと移行していくように思う。確かに、大人になってまで1秒も止まらずに動いているのはちょっと無理だし、多動でいることが不可能になるのだろう。体にも悪そうだ。

 

だから、多動のお子さんをお持ちのご家庭で、もしも「このままで自分の体力が持つのだろうか」と悩んでおられたら、たぶんもうちょっとの辛抱である。ぼくがうっかり遊び相手をつとめてしまい、「あっ、これは大変なことになってしまったぞ」と恐れおののいた子も、いまではずいぶん落ち着いたお嬢さんになっている。よく忘れ物するらしいけど。

 

そう! 忘れ物の話である。ぼくは忘れ物はほとんどしなかった。絶無だったと言っても過言ではないだろう。これは症状がどうこうというよりも、単にぼくが小心者で、先生に怒られるのが怖いからというのもある。しかし、自閉スペクトラムに特有の儀式的習慣の反復がここで効くのだ。

 

先生に怒られるのが怖いから、何度も忘れ物のチェックをするのだが、たとえばふでばこであれば、何が何本どこに収められているのか、まずは目視確認を行い、専用にでっち上げた確認唱歌を二度歌って指さし確認する。

 

その間に誰かに声をかけられたりすると、数え間違いのリスクがあると考えられるので、もう一度最初から手順をやり直す。電車が揺れて、ふでばこに収められているものの位置がずれると悲鳴を上げる。

 

さすがにそこまですると忘れ物はないわけだが、もっと大事な別の何かを遠くの人生に忘れてきた気にはなる。クラスの人たちも、小学生が許しうる最大限の寛容さをもって、そっと目をそらしていた気がする。

 

ちなみに、ぼくの子も忘れ物は極端に少ない。よくランドセルをごそごそやっているし、よく何か歌っているし。聞いちゃ悪い気がするので、何のために歌っているのかは聞かないけれども。

 

発達障害に関する読者の皆さんのご質問に岡嶋先生がお答えします。
下記よりお送りください。

 

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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