akane
2018/06/25
akane
2018/06/25
「銃を見せてくれないか」
殺し屋の象徴ともいうべき道具。それを見せてもらうことで、彼が殺し屋であることに確信を持ちたかったのだ。
男は無造作にズボンに挟んだ銃を取り出した。
カメラを向けるとポーズをとってくれる。よく見れば細かい傷の多い、使い込まれた銃だった。それがどのような用途に使われてきたのか。そこに踏み込んで聞く必要がある。
「どうやって暗殺しているのか、教えてくれないか?」
「殺し方か……」
いよいよというところで、携帯電話の着信音が鳴り響く。男のポケットからだった。
「ハロー……いまは無理だ……客と会っている……だから、今は無理だから」
その後もなにやら押し問答をしていたが、結局、要件を断ったようで電話を切った。
「急ぎの用件だったら先に済ませてもらっていいですよ」
こちらとしても早く終わらせたいところだが、余計にこじれてしまうぐらいなら、一個ずつ用件は消化してもらいたいという判断から、そのように伝えたのだった。
「クライアントからだ。だが俺にとってはお前と話すのもビジネスだ」
男は少し斜に構えるようにして切り返す。インタビューに対する謝礼の約束はしていた。即金が必要なほど困窮しているのは、部屋の様子を見ても明らかだった。殺し屋として稼げていないのか、そのあたりのことはわからないが、あえて殺しの仕事をビジネスと表現するところに、少し彼の若さを感じた。
こちらのインタビューを優先してくれたようだが、彼のところに入ってきた電話のクライアントというのは、つまり殺人の依頼者ということになる。
むしろ、その相手のことのほうが気になる。私はそこまでのインタビューの流れを断ち切って、格好の素材を深掘りすべくクライアントの正体に話を切り込んだ。
「相手のことを教えてくれませんか」
相手はスラム街の殺し屋だ。回りくどいことを聞いても意味がない。
すると男はこちらの温度を気にもせず、事もなげに答えた。
「俺の知り合いの知り合いだ」
「殺人の依頼ですか?」
「そうだ。自分に恥をかかせた相手を殺して欲しいってことみたいだ」
「ターゲットに恥をかかされたと?」
「そうだ。そいつを振った女だよ。いい気はしないな」
「女も殺すんですか?」
「仕事だからな。俺の気持ちは関係ない」
この仕事が実行されたのかはわからない。
この男は危険人物ではなく、職業に対して忠実な意識をもつ、職人肌なように感じた。付け加えるなら、その日の暮らしに困るほどの貧乏人。リスクを承知で殺しを受ける理由があり、実行する手段がある。
一方で依頼者には、動機があり、殺し屋に依頼できるコネと金がある。その動機が自分のメンツを潰されたとか、プライドの問題であったとしても、本人には対象を排除するのに十分だと思えたのだろう。
彼らにモラルを問うのは、部外者である私にはできるはずもない。それでもわかったのは、実行者と依頼者という2つの存在が噛み合った時に殺人が発生するということだ。
世の中に起きている殺人の多くはこの2つを一人で実行する。だからそのハードルは高く、巌しい。
誰の心にでも巣食うネガティブな感情。それは世界中の誰しもが持ちうるものだ。抑えきれない感情を抱えてストレスに苛まれるのが普通だろう。その感情は単純なものである。そして、時間がたてば消え去るものでもある。まるで水が自然と蒸発していくようなイメージだ。
ところが、第三者である殺し屋に依頼できる人は、感情がホットなうちに行動する。そこの罪悪感は薄い。殺人のなかで、第三者への依頼というのは、罪の意識が低い。自分は結果だけを受け取れるからで、被害者の苦しみをダイレクトに感じることはないからだ。
本来であれば殺人のために凶器を用意したり、計画を立てたりしているうちに恨みは風化したり減っていくものだ。特に短時間で蓄積した恨みは、減るのも早い。比例関係にあるといえるだろう。それを電話一本で実行されてしまうとなれば、恨みはゲージ満タンのままで殺人を実行させてしまうことになる。
日本人にしてみれば殺し屋の存在は特異であるが、起点となる感情は我々とまったく同じものであった。だが、殺しを実行できる人の頭の中は、本当に無感情。
依頼者と実行者――どちらが本当に恐ろしいのか。そこにたどり着くには、さらに深く世界の人々の頭のなかを見ていく必要があるだろう。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.