第11回「骨折・肺炎・海外出張」
山口ミルコ『バブル』外伝

BW_machida

2020/11/25

会社を辞め、乳ガンを経て振り返った、自らの会社人生。そのストーリーを軸にして、「バブル」という同時代を駆け抜けた異業種の女性たちの、声にならない声を綴った『バブル』(9月17日発売・光文社刊)。名物編集者だった著者が、本編には書けなかったこと、書かなかったこと、<記憶>のなかの大切な人たち、場所、ことがらについて。

 

出張先のカナダで誕生日を迎え、お祝いをしてもらった。お肉をモリモリ食べていた頃(現在は菜食主義)

 

シンガポールで大怪我した話を、『バブル』の巻末に書いた。
『バブル』が刊行されることになる少し前まで、私は長いリハビリをしていたのである。

 

滞在先のシンガポールの救急病院で手当てを受け、ペインキラーをもらい、いろんな人にめいわくをかけながら帰国する。なかでも、帰国便ANAのスタッフの方々にはほんとうに助けられた。

 

羽田空港から大森の東京労災病院へ搬送され、手術を受けた。人生三度目の全身麻酔だった。そこからしばらく入院生活を送った。中国武漢市から発生した新型コロナウイルスの件をワールドニュースで知ったのは、その間だった。
「ようやく立ち直り、歩きはじめようかというときに。今度はこれかい……」

 

私は肺炎に懲りていた。二度とご免なのである。
というのもSARSが流行った前後の時期に海外出張の多かった私は、どこでどうもらったのかわからないが、ウイルス性の肺炎で重症になったことがあった。

 

最初は風邪かと思い、しかし熱がぐんぐん上がっていき、数日間下がらず、近くの病院で毎日点滴してもらったがちっとも効かず、しかしどうにもならないので家で寝ていた。
何日も会社に出てこない私を心配してくれた上司と同僚から、助けが来た。

 

当時住んでいた南麻布から代々木の病院へ、どうやって移動したかは覚えていないが、
大病院へ転院となって、そこでふつうの肺炎ではなかったことが判明した。
あのときの咳のひどさ、胸の苦しさ、熱の高さとそれによるだるさはまさしく異常だった。

 

一般的な肺炎治療とは別の、マイコプラズマ用の抗生剤を投与してもらってはじめて、私の病状は回復した。その間、やはり二週間くらいかかっただろうか。先が見えず、具合がひどく悪く、本当にたいへんだったということだけはハッキリ言える。

 

そんな目に遭っても、私は海外出張を繰り返していた。
イギリス・アメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド……と英語圏の国々へ。
日本語の文芸書を作っていた私になぜその用事があったのかというと、海外留学旅行会社の広報誌「wish」も作っていたからだった。通常の書籍編集業務をやりながら、広報誌の編集長を10年にわたりやっていた。
編集長といっても編集部があるわけではなく、季刊だったのでその用事があるときだけ社内の編集メンバーを集め、作っていた。

 

カバーに登場してもらう女優さんたちと海外ロケに行ったり、留学生たちの現地での暮らしぶりをレポートしたり。あのとき我々の取材を受けた学生さんや若い会社員の方がたは、もう立派になって各方面で働いているだろう。
世界がこんなことになってしまったいま、多国間の交流は阻まれているが、私が会社にいた一時期の仕事が彼らの未来に寄り添うものであったことを、いまも幸せに思う。

 

コロナ禍で、シンガポールから帰国する私を救ってくださったANA社員の方々が他社に出向して働いている姿を、ニュース映像で見た。会社の復活を心から願っている。
旅行会社も航空会社も、そこに夢をのせて世界へ出ていった若者たちも、みんなそれぞれの持ち味をうんと発揮できる社会が、アフターコロナに生まれますように。

 

バブル
山口ミルコ / 著

illustration:飯田淳
毎週水曜日更新

ミルコの『バブル』外伝

山口ミルコ

(やまぐち・みるこ)
1965年東京生まれ。専修大学文学部英文学科卒業後、外資系企業勤務を経て、角川書店雑誌編集部へ。「月刊カドカワ」等の編集に携わる。94年2月、幻冬舎へ。幻冬舎創業期より編集者・プロデューサーとして、芸能から文芸まで幅広い出版活動に従事。書籍編集のほか雑誌の創刊や映画製作に多数かかわり、海外留学旅行社の広報誌の編集長等をつとめた。2009年3月に幻冬舎を退社。フリーランスとなった矢先、乳ガンを発症。その経験をもとに闘病記『毛のない生活』(ミシマ社、2012年)を上梓、作家デビュー。以降、エッセイ、ノンフィクションを執筆するほか、大学等で編集講義をおこなう。
公式HP:https://yamaguchimiruko.tanomitai-z.com/ Twitter:@MirukoYamaguchi
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