第6回「子連れ狼とツイッター」
山口ミルコ『バブル』外伝

ryomiyagi

2020/10/21

会社を辞め、乳ガンを経て振り返った、自らの会社人生。そのストーリーを軸にして、「バブル」という同時代を駆け抜けた異業種の女性たちの、声にならない声を綴った『バブル』(9月17日発売・光文社刊)。名物編集者だった著者が、本編には書けなかったこと、書かなかったこと、<記憶>のなかの大切な人たち、場所、ことがらについて。

 

「攻め」(ていた)時代のミルコ at ニューヨーク・マンハッタン

 

「ツイッターくらい、やらないと」
そう言われて、だいぶ経っていた。
私はどこかで仕事をするたび、「SNSをやらないのですか?」と訊かれてきたのである。
おととしよりお引き受けしている日本出版クラブ主宰・出版セミナー講師の仕事では、
企画担当の杉山部長にも、ぜひやるよう言われていた。
いまどきSNSのたぐいを一つもやっていないなんてどうかと思う、著述家として生きていこうというならなおさらで、SNSを苦手だなんて言っていたら、もう仙人になるしかない……くらいの話だった。

 

出版関係就職志望の大学生・大学院生のための編集講義で、今年はコロナで中止となってしまったが、受講生の中には出版社へ就職し、活躍を始めている若者たちがいる。いまの私の夢は教え子から原稿の注文が来ることだ。
夏休み中の約3カ月にわたって行われるサマーセミナーの先生をやりながら、「これからも若者たちとつきあっていくなら、やっぱり必要なんだろうか……」と逡巡したが、けっきょくなんもしなかった。著作以外で思いや人間関係を発表し、それを自分のあずかり知らぬところで誰かが見るなんてどうかと思う。
「仙人でいいや……」
との結論に至り、サマーセミナーが終わったあとは仙人の森へ引きこもるようにして、暮らしたのである。

 

「そんな弱気ではいけません!ミルコさん、しっかりしてください!!」
と、いつも私を激励してくれる<子連れ狼>こと編集者の千美朝さん(以下、千ちゃん)によると、いつまでも森にいるのは許されないことだった。彼女がいなければ、『バブル』は出ていない。したがって、今回とうとう私は、『バブル』発刊にあたり、ツイッターのアカウントを立ち上げた。
<子連れ狼>は千ちゃんのニックネームで、彼女が子育てをしながら果敢に「攻め」の仕事をしていることから、そうなった。
あ、いまの時代は<子連れ>とか書いちゃいけなかったんだっけ? べつにセクハラにならないよね? 私おじさんじゃないし……いや、おばさんでもやっぱりダメなのかしら? こういう話になるとLGBTの方々を傷つけることがあって……などとつぎつぎいろんな不安がアタマに浮かんで止まらない。こんな自分はSNSにぜったい向かないと思うのだが、とにかく有無を言わさぬ<子連れ狼>のパワーに押され、「やってみるべ」となった。

 

近所に住む中学校の同級生・音ちゃん家へ行き、設定の仕方を教えてもらう。彼女はBREAKERZの追っかけで、なかでもギタリストAKIHIDE君の大ファンなので、彼の新曲やライブ活動がどんなふうに宣伝されているかを引きながら、SNS講習をしてくれた。
ツイッターは開通したが、ひと月が経過した現在も、千ちゃんの上げた記事をリツイートするくらいで、自主的な発言はなんもできていない。
あせっても仕方がない。これからじっくり、自分らしいSNSライフを研究してみるつもり……というわけでガラケーをやめ、新しいスマホを買った。

 

自分のためにモノを買うのも、新しい何かを始めるのも、ほんとうに久しぶりだと気がついた。『バブル』が本になったことで、私の意識は仙人の森から脱しつつあるのだろう。
そうした自分の変化に気づくことは、生き物にとって肝心だ。命がかかわることだってあるというのに、しかしそれを無視して、立ち止まることなく突っ走っていたのが、私の書いた「あの時代」だったのである。

 

バブル
山口ミルコ / 著

illustration:飯田淳
毎週水曜日更新

ミルコの『バブル』外伝

山口ミルコ

(やまぐち・みるこ)
1965年東京生まれ。専修大学文学部英文学科卒業後、外資系企業勤務を経て、角川書店雑誌編集部へ。「月刊カドカワ」等の編集に携わる。94年2月、幻冬舎へ。幻冬舎創業期より編集者・プロデューサーとして、芸能から文芸まで幅広い出版活動に従事。書籍編集のほか雑誌の創刊や映画製作に多数かかわり、海外留学旅行社の広報誌の編集長等をつとめた。2009年3月に幻冬舎を退社。フリーランスとなった矢先、乳ガンを発症。その経験をもとに闘病記『毛のない生活』(ミシマ社、2012年)を上梓、作家デビュー。以降、エッセイ、ノンフィクションを執筆するほか、大学等で編集講義をおこなう。
公式HP:https://yamaguchimiruko.tanomitai-z.com/ Twitter:@MirukoYamaguchi
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