ryomiyagi
2020/10/21
ryomiyagi
2020/10/21
「ツイッターくらい、やらないと」
そう言われて、だいぶ経っていた。
私はどこかで仕事をするたび、「SNSをやらないのですか?」と訊かれてきたのである。
おととしよりお引き受けしている日本出版クラブ主宰・出版セミナー講師の仕事では、
企画担当の杉山部長にも、ぜひやるよう言われていた。
いまどきSNSのたぐいを一つもやっていないなんてどうかと思う、著述家として生きていこうというならなおさらで、SNSを苦手だなんて言っていたら、もう仙人になるしかない……くらいの話だった。
出版関係就職志望の大学生・大学院生のための編集講義で、今年はコロナで中止となってしまったが、受講生の中には出版社へ就職し、活躍を始めている若者たちがいる。いまの私の夢は教え子から原稿の注文が来ることだ。
夏休み中の約3カ月にわたって行われるサマーセミナーの先生をやりながら、「これからも若者たちとつきあっていくなら、やっぱり必要なんだろうか……」と逡巡したが、けっきょくなんもしなかった。著作以外で思いや人間関係を発表し、それを自分のあずかり知らぬところで誰かが見るなんてどうかと思う。
「仙人でいいや……」
との結論に至り、サマーセミナーが終わったあとは仙人の森へ引きこもるようにして、暮らしたのである。
「そんな弱気ではいけません!ミルコさん、しっかりしてください!!」
と、いつも私を激励してくれる<子連れ狼>こと編集者の千美朝さん(以下、千ちゃん)によると、いつまでも森にいるのは許されないことだった。彼女がいなければ、『バブル』は出ていない。したがって、今回とうとう私は、『バブル』発刊にあたり、ツイッターのアカウントを立ち上げた。
<子連れ狼>は千ちゃんのニックネームで、彼女が子育てをしながら果敢に「攻め」の仕事をしていることから、そうなった。
あ、いまの時代は<子連れ>とか書いちゃいけなかったんだっけ? べつにセクハラにならないよね? 私おじさんじゃないし……いや、おばさんでもやっぱりダメなのかしら? こういう話になるとLGBTの方々を傷つけることがあって……などとつぎつぎいろんな不安がアタマに浮かんで止まらない。こんな自分はSNSにぜったい向かないと思うのだが、とにかく有無を言わさぬ<子連れ狼>のパワーに押され、「やってみるべ」となった。
近所に住む中学校の同級生・音ちゃん家へ行き、設定の仕方を教えてもらう。彼女はBREAKERZの追っかけで、なかでもギタリストAKIHIDE君の大ファンなので、彼の新曲やライブ活動がどんなふうに宣伝されているかを引きながら、SNS講習をしてくれた。
ツイッターは開通したが、ひと月が経過した現在も、千ちゃんの上げた記事をリツイートするくらいで、自主的な発言はなんもできていない。
あせっても仕方がない。これからじっくり、自分らしいSNSライフを研究してみるつもり……というわけでガラケーをやめ、新しいスマホを買った。
自分のためにモノを買うのも、新しい何かを始めるのも、ほんとうに久しぶりだと気がついた。『バブル』が本になったことで、私の意識は仙人の森から脱しつつあるのだろう。
そうした自分の変化に気づくことは、生き物にとって肝心だ。命がかかわることだってあるというのに、しかしそれを無視して、立ち止まることなく突っ走っていたのが、私の書いた「あの時代」だったのである。
『バブル』
山口ミルコ / 著
illustration:飯田淳
毎週水曜日更新
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