Canon’s note 3. 『リトル・フォレスト 春夏秋冬』
映画がすき。〜My films, my blood 〜

BW_machida

2022/06/10

「母の味」

 

我が家で母の味といえば、山口県の郷土料理けんちょう、豚汁、すき焼きなどが思い出される。中でも大根をたっぷり使ったけんちょうは冬になると必ず食卓にあがる一品で、大根、人参、豆腐を醤油、酒、砂糖、みりんで汁気が無くなるまで煮込んだだけのとてもシンプルな料理だが、出汁の染み込んだ大根がとても美味しく、私は母の作ったけんちょうが大好きだった。

 

「リトル・フォレスト」は五十嵐大介の漫画原作を元に日本で映画化され、後に韓国でもリメイクされた。今回はこちらの韓国版を紹介したい。

 

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「リトル・フォレスト」(監督:イム・スルレ、主演:キム・テリ、日本公開2019年)

 

就職も恋愛も上手くいかず、都会での生活に疲れ切った主人公のヘウォンが、自然豊かな故郷に戻りそこで冬、春、夏、秋、2度目の冬を過ごしながら生きる力を取り戻し、新たな春を迎えていくお話。

 

へウォンの父は早くに亡くなり、へウォンの母は残された父の生家で、女手一つでへウォンを育てる。自ら育てた米や野菜を美味しそうに料理してへウォンに食べさせる母。しかしある日、母はへウォンを残してどこかへと消えてしまう。ショックを受けつつも、一人でも生きていけることを証明するように、へウォンは都会の大学を受験し進学する。大学を卒業したものの何もかも上手くいかず田舎に帰ってきた腹ペコのへウォンは、家にあったなけなしの米と、庭に生えていた白菜を採ってきて料理を作り始める。出来上がったのは白菜のスープと白ごはん。翌日は小麦粉をこねて作った韓国風すいとんと白菜のチヂミ。他にも春キャベツのサンドイッチや食用花の天ぷら、トッポギ、栗の甘露煮、自家製マッコリなど、様々な料理が画面を彩る。

 

このへウォンの作るシンプルな料理がとにかく美味しそうなのだ。自分で畑を耕し、苗を植え、丁寧に育て、収穫し、料理をして食べる。食べることは生きることであり、私たちは他の命を頂きながら生きているという当たり前のことに気付かされる。

 

都会で添加物だらけのコンビニ弁当が口にあわず捨ててしまうへウォン。それに比べると自分は随分と都会ナイズされちゃったな…とギクリ。

 

昔は山口県のおばあちゃん家から米や野菜、自家製たくあんが届くのを楽しみにしていたっけ。おばあちゃん家からの荷物はいつも土曜日に届いた。土曜日は普段仕事で忙しい母が家にいて、届いたばかりの野菜をふんだんに使った手料理を食べさせてくれた。

 

へウォンが劇中で作る料理はかつて母がへウォンに作っていた料理で、へウォンが料理をするたびにその料理を介した母との思い出のシーンが映し出される。
料理を通して当時の母と対話をするへウォン。

 

大学で東京に出てきて初めて、けんちょうが山口県の郷土料理であることを知った。食べたくても定食屋のメニューにはないし、スーパーの惣菜コーナーにも売っていない。大阪の実家では料理をすることなんてほとんどなかった。平日は主夫の父が料理をし(といっても父が作るのは味噌汁だけで、あとはスーパーの惣菜だったけれども)、土日は母が料理をするか外食をしていた。

 

けんちょうが食べたいなら自分で作るしかないと、電話で母にレシピを尋ね、そのとおりに作ってみた。

 

…うーん、全然違う。美味しくない。

 

「マミーの味にならへん、レシピ通りに作ったのになんでやろう?」

 

「そりゃあ、入ってる愛情の量が違うからねぇ」

 

母が笑いながら言った。

 

気付けば私も料理をするようになった。未だに母みたいに美味しく作ることはできないけれども、ビギナー向けの料理本を買って読んだり、料理人の友達に聞いたりしてそのノウハウを学んだ。マミーは忙しい中、これを当たり前にやっていたのか…。

 

自分が料理をするようになってから、料理の頂き方も変わった。作り手の思いやり、真心がこもった料理を、最高の状態で食べてあげたい。そして、美味しいものにはちゃんと素直に「美味しい」と伝えてあげたい。そう思えるようになった。

 

実家にいたころは料理が出てくるのが当たり前で、まずいだの、脂っこいだの、文句しか言っていなかったし、できた料理が食卓に並んでいてもアニメに夢中で食べるころには冷めきっていたりした。料理を頂くのは作り手の気持ちを頂くことでもあるのだ。たとえそれがスーパーの惣菜であっても、私が喜ぶであろう一品を選んで買ってきて、温めてくれていた父。父と母の料理、あったかいうちに食べてあげたらよかったな。

 

ヘウォンが記憶の中の母と対話するように、私も料理をしながらマミーのことを思うことがある。けんちょうの大根と人参をサラダ油で炒めながら、農家で生まれ育った母の話を思い出す。小さい頃、料理をする母の横で、母にまつわるいろんな話を聞いた。私もいつか子供が出来た時、料理をしながら我が子に何か話してあげられるのだろうか、なんて思った。まだまだ母のように美味しい料理は作れないけれども。

 

母が今どこにいるのかも分からないが、料理を通して、へウォンは母との確かな繋がりを感じている。私も台所で記憶の中の母と出会う。

 

ふとしたときに立ち返ることの出来る場所。誰しも心の中に、そんな小さな森を持っている。

 

今日は大根を買って帰ろう。

 

私たちのために大根を切る、大好きな人の、手。

 

発売元:『リトル・フォレスト 春夏秋冬』上映委員会
販売元:TCエンタテインメント
価格:4,180円(税込)

縄田カノン『映画がすき。』

縄田カノン

Canon Nawata 1988年大阪府枚方市生まれ。17歳の頃にモデルを始め、立教大学経営学部国際経営学科卒業後、役者へと転身。2012年に初舞台『銀河鉄道の夜』にてカムパネルラを演じる。その後、映画監督、プロデューサーである荒戸源次郎と出会い、2014年、新国立劇場にて荒戸源次郎演出『安部公房の冒険』でヒロインを務める。2017年、荒井晴彦の目に留まり、荒井晴彦原案、荒井美早脚本、斎藤久志監督『空の瞳とカタツムリ』の主演に抜擢される。2019年、『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』にてニコラス・ケイジと共演、ハリウッドデビューを果たす。2021年には香港にてマイク・フィギス監督『マザー・タン』に出演するなど、ボーダレスに活動している。高倉英二に師事し、古武道の稽古にも日々励んでいる。趣味は映画鑑賞、お酒、読書。特に好きな小説家は夏目漱石、三島由紀夫、吉村萬壱。内澤旬子著『世界屠畜紀行』を自身のバイブルとしている。
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