Canon’s note 7. 『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』
映画がすき。〜My films, my blood 〜

BW_machida

2022/07/22

「サクセスストーリー」

 

好きなサクセスストーリー映画は何ですか?と問われるといつも、とても迷う。
「ロッキー」、「プラダを着た悪魔」、「幸せのちから」、「8mile」…?
最後に夢が叶うのか?大金持ちになるのか?復讐を遂げるのか?恋愛が成就するのか?

 

本当に様々なサクセスの形があると思う。例え悲しい映画であっても、何を「成功」と捉えるかで、ほとんどすべての映画がサクセスストーリーになるようにも思う。

 

世間で言う「サクセスストーリー」のジャンルに入るかは分からないが、私は「グッド・ウィル・ハンティング」を大好きな一本に挙げたい。

 

(C) 2021 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(監督:ガス・ヴァン・サント、主演:マット・デイモン、日本公開2020年)

 

「グッド・ウィル・ハンティング」はどんな難解な数式も解けてしまう頭脳を持ちながら、幼少期のトラウマのせいで心を閉ざし、非行を繰り返す青年ウィルが、マサチューセッツ工科大学の数学教授のジェラルドに見出され、ジェラルドにあてがわれた心理学者のショーンに反発しながらも心を開き、成長していく物語。

 

主人公ウィルはもちろんのこと、最愛の人を亡くした悲しみに暮れるショーン(ロビン・ウィリアムズ)、ウィルに数学の才能と脅威を感じ己の限界を見つめるジェラルド(ステラン・スカルスガルド)、粗暴に見えて実はウィルのことを想う親友チャッキー(ベン・アフレック)、早くに父を亡くしその遺産で暮らすウィルの恋人スカイラー(ミニー・ドライバー)…、登場人物がみな各々に「欠点」を持ち、不器用ながらもそれに向き合おうとする様が愛おしい。

 

特筆すべきは、当時無名だったマット・デイモンとベン・アフレックが自ら今作の脚本を書き、アカデミー賞脚本賞を受賞していることだ。「シナリオを書き始めてから5年、当時は先も見えず、成功できるかも分からなかったが、この作品で人生が大きく変わった、これほど大きなインパクトを人生にもたらす作品には出会えないだろう」と、マット・デイモン自身もインタビューで語っている。「グッド・ウィル・ハンティング」は日の当たらない場所でもがいていたウィルが、成長し、世の中に認められていく話だが、売れない役者だった彼ら自身も、そんな祈りを込めてウィルに自己を投影していたのではないか。これは彼らのサクセスストーリーを語るうえでも無くてはならない作品なのだ。

 

恋人に本当の自分を出せずにいるウィルに、ショーンが放った言葉が忘れられない。

 

「自分の癖を『欠点』と考える人もいるが、その癖こそが愛おしい。彼女も君も完璧ではない。君らが互いにとって完璧かが重要なんだ。それを確かめるには飛び込んでみるほかない。答えは自分で探すんだ」

 

この飛び込んでみる、が簡単なようでとても難しい。私は幸運にも20代初めの多感な頃に、師匠の荒戸さんや、荒戸さん周りの映画人、小説家、音楽家など、とても面白い人たちに出会う機会をたくさん頂き、多くの事を学ばせてもらった。と、同時に、彼らに飽きられまいと必死に勉強をした。彼らの話題に出てきた映画や舞台は必ず観て、名作と呼ばれる小説や戯曲を読み漁った。私にはウィルほどの突出した記憶力はなかったけれども、初めはちんぷんかんぷんだった話題にも段々とついていけるようになった。そのうち、彼らが好きそうなものを先回りして観て、それについて得意げに語ったりするようになった。

 

ウィルは頭の中にある膨大なデータベースから偉人の言葉を引っ張り出し、ああだこうだとショーンに反抗する。普通の人ならそこでたじろぐところだが、ショーンは動じることなくウィルに「君自身の話なら聴こう」と言う。

 

今の君は知性と自信を持った男ではなく、生意気な怯えた若者だ。君自身の話なら聴くが、君はそれが怖いんだろう?あとは君次第だ。

 

自分が本当は何が好きで、どうしたいかも分からないウィルは黙ってしまう。そんなウィルを部屋から追い出すショーン。

 

ぎくりとした。私もウィルのように知識武装して、中身の詰まっていない弾丸を得意げに連射していた。そこには純粋な喜びや憤り、自分の中から芽吹いた想いは込められていなかった。こういう感想を言ったらあの人は喜ぶだろうなとか、あの人が好きな評論家はこう表現していたなとか、自分の実体験から出た言葉ではない、薄っぺらい言葉を並べては金メッキでコーティングしていた。

 

恋愛に関してもそうだったと思う。芸能界で出来るだけ敵をつくらぬようにと、男女分け隔てなくサバサバ対応していると、不思議と好意を寄せてくれる男性が増えた。日頃から年上の男性と接することが多かったのもあって、自分より二回り以上離れている人とも付き合ったりした。20代の私はとにかく常に何かを学びたくてたまらなかった。年上の人と付き合っていると、毎日が新しいことを知れる喜びに溢れていた。と、同時に、何も知らない「足りない自分」を埋めようと必死にもがき苦しんだ。恋人の前ではいつも従順にしていた。お前は何も知らないから、という前置きにもなれて、反論しても論破されるので「そうですね」とその場ではぐっと堪えて、家に帰って必死に勉強した。従順なだけでは飽きられてしまうだろうと、たまに爆弾をぶっこんで「面白い女」を演出したりもしていた。それでいいと思っていた。

 

今までの恋人、誰に対してもそうやって接していた。芸術に対してそこまで豊富な知識がない人と付き合った時も、自分の倍近く生きてきた人生の先輩としての経験談を聴くのは勉強になったし、芸能界という競争社会の第一線で戦い抜いてきた人にしか分からないプレッシャーなど、自分が経験したことのない話を聴ける喜びがあった。しかし段々と、そんな関係性に疲れを覚え始めた。恋人と会っても自分の思っていることを打ちあけられず、常に自分の無知にうちひしがれながら、「つまらないと思われていないか」とレーダーをピンピンに張って戦闘態勢でいる。ちょっとまって、それって本当に恋人だったのか?

 

私は飛び込むことのない安全なところで生きていた。自分の本音すら言わず、本音を言ったところできっと嫌われてしまうと、その恐怖から、常にどこかから引用してきた言葉で対応し、安全に、楽に生きていた。

 

ある日、荒戸さんに呼び出され、二人で食事をしていた時。その日の荒戸さんは機嫌が悪かったのか、やけに攻撃的だった。いつものようにニコニコとやり過ごそうと思ったが、あまりにも嫌なことを言われ、プチン。カッとなってどんなことを言ったのかは覚えていないが、荒戸さんはすっと立ち上がり「またな」と言って帰ってしまった。

 

あーあ、やってしまった…。

 

私の中にいる、本来の、血の気の多い奴が顔をだしてしまった。ずっと奥にひっこんでもらっていたのに。荒戸さんとの関係もこれで終わったと思った。

 

しかし、数日後すぐに荒戸さんに呼び出され、恐る恐る下北沢にある喫茶店を訪れると、荒戸さんは「この前はとても面白かったよ」と喜んでいる様子だった。訳がわからなかった。

 

そのうち、知識武装しても分かる人には見透かされるし、自分の根っこから出てきた言葉以外は相手に届かない、と分かってきて、そういうのをすっぱりやめた。どんなに厚くコーティングしても、いずれ金メッキは剥がれ落ち、すかすかの自分が露呈する。だから分からないことには素直に「分かりません」ということにした。映画の感想を述べるときも、自分の好き、嫌いを軸にして素直に伝えられるようになった。

 

これまで付き合ってきた人たちには失礼なことをしていたな、と思う。もっとちゃんと彼らに飛び込んでコミュニケーションを取っていたなら、もしかしたらこんな自分でも本当に好きになってくれる人がいたのかもしれない。彼らを信頼せず、はなから嫌われてしまうと決めつけ、彼らの好きそうな自分をつくりあげて接するなんて、失礼も甚だしい。中には心を開いてくれている人もいたのに。私は大きな盾をこさえて、ノーガードで飛び込もうとしてくれた人を弾き飛ばし、血まみれにしていた。

 

恋人、友人、家族、先輩、後輩、誰に対しても、飛び込める人でありたい。飛び込むことは自分を晒すことであり、その分傷ついた時のダメージも大きくなるけれど、安全なところで相手を眺めているだけでは絶対に辿り着けないところに、いつかきっと辿りつける。飛び込んだ挙句ボロボロになったとしても、そんな自分を受け止め、そっと包み込んでくれる人に出会えると信じて。

 

この作品の中で特にいい味を出しているのがウィルの親友チャッキーだ。幼いころからウィルと共に過ごしてきた悪友チャッキーは、自分の才能を台無しにしようとしているウィルにある言葉を投げかける。からの、あのラストシーンだ。

 

くぅぅぅ、かっこいいぞ、べン・アフレック…!

 

ちょっと格好良すぎる気もするけれど、マット・デイモン&ベン・アフレックの描きたいものが素直に伝わってくる、とても気持ちの良いシーンだ。

 

「グッド・ウィル・ハンティング」は、見るたびに大切なことを思い出させてくれる、私にとって最高の、サクセスストーリーなのだ。

 

まずは布団に、飛び込んでみた。

 


『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』
NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C) 2021 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

縄田カノン『映画がすき。』

縄田カノン

Canon Nawata

1988年大阪府枚方市生まれ。17歳の頃にモデルを始め、立教大学経営学部国際経営学科卒業後、役者へと転身。2012年に初舞台『銀河鉄道の夜』にてカムパネルラを演じる。その後、映画監督、プロデューサーである荒戸源次郎と出会い、2014年、新国立劇場にて荒戸源次郎演出『安部公房の冒険』でヒロインを務める。2017年、荒井晴彦の目に留まり、荒井晴彦原案、荒井美早脚本、斎藤久志監督『空の瞳とカタツムリ』の主演に抜擢される。2019年、『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』にてニコラス・ケイジと共演、ハリウッドデビューを果たす。2021年には香港にてマイク・フィギス監督『マザー・タン』に出演するなど、ボーダレスに活動している。高倉英二に師事し、古武道の稽古にも日々励んでいる。趣味は映画鑑賞、お酒、読書。特に好きな小説家は夏目漱石、三島由紀夫、吉村萬壱。内澤旬子著『世界屠畜紀行』を自身のバイブルとしている。
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