Canon’s note 11.『 8 Mile 』
映画がすき。〜My films, my blood 〜

BW_machida

2022/10/07

「サクセスストーリー(番外編)」

 

自分には才能がある。自分はいつか必ず成功する。巷のサクセスストーリー映画みたいに、己の才能の片鱗を見せつけ、見出され、段々と世界に認知されていくんだ。なんて夢見ながら、いざ人前に立とうとすると、手足は冷たくなり、脇汗が腕を伝って袖口から滴り落ちる。ガチガチと震えだす歯、喉はカラカラに乾き、台詞すらまともに言えなくなる。自分には確かに才能がある。自分はこんなもんじゃない。しかし本当にそうなのだろうか?いや、自分はきっと大丈夫。やるのか、やめるのか。今はやめておこう。きっと今じゃない。分かる人にはわたしの価値が分かるはずだ。
だれも自分のことなんて気にかけちゃいないのに、行ったり来たりの、自意識のかたまり。

 

「8マイル」を観た時、そんな20代初めの頃の自分を思い出した。

 

(C) 2002 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.

「8Mile 」(監督:カーティス・ハンソン、主演:エミネム、日本公開2003年)

 

舞台は1995年のデトロイト。タイトルの「8Mile 」はアフリカ系アメリカ人が多く住むデトロイト市の中心部と、白人の多い北部郊外を隔てる境界線「8マイル・ロード」からつけられている。エミネムが演じる主人公ジミーことラビットは、アルコール依存症の母と幼い妹と共にトレーラーハウスで暮らし、デトロイト市の自動車工場に勤めながらラッパーとして成功することを夢見ている。どん底の日々から抜け出すためにプロデビューを目指すラビットは、街で行われているラップバトルに出場しようとするが、プレッシャーに押しつぶされて逃げ帰る。しかしラビットには彼の才能を信じる仲間たちがいた。彼らはラビットが何度逃げても「お前の才能を見せてやれ」と彼の背中を押す。モデル志望のアレックスも彼の才能に気付き「あなたは成功する。予感がするの」と鼓舞する。そんな彼女もまたモデルとなって8マイルを超えていくことを夢見ている。黒人のイメージが強かったラップの世界に一人飛び込んでいく白人のラビット。様々な葛藤に悩まされながらも、自身の才能を信じて突き進んでいく若者の様を描いた、世界的有名なラッパー、エミネムの、半自伝的、青春の物語。

 

この映画の面白いところは、ラビットが中々その才能を見せないところだ。普通のサクセスストーリーであれば、最初から主人公がなんらかのその才能の片鱗を見せ、登場人物だけでなく、観客自身にもその原石を発見させ、それが磨かれていくのを見守らせるような、ドキドキ、わくわく感を与えてくれることが多いが、今作では冒頭からラビットがステージに立つプレシャーに嗚咽し、何とかステージに立ってみたもののフリーズし、一言も発せぬままに逃げ帰ってしまうのを目撃させられる。ははーん、その後徐々に彼の才能が露わになるのね、と思いきや、いつまでたっても中々ラップを披露しないのだ。

 

しかしそこで本当に彼に才能があるのかしら、と不安にならないのは、彼をとりまく仲間たちの存在が大きい。彼らはラビットに会うたびに、ステージに立て、お前には才能があるとラビットを焚きつける。普段、周りからはホワイトのくせにラップをやるのかと馬鹿にされ、母親の恋人にはあそこの自動車工場で働くのはクズばかりだと蔑まれているラビットだが、彼の友達は彼を絶対に否定しないのだ。そんなに彼の友達たちが言うならそうなんだろう…と、こちらの期待も高まるが、それでもなかなかラビットはステージに立たないのである。

 

20代初めのころの私は、根拠のない自信に溢れていた。現場はおろかオーディションすらほとんどなかった私は、それでもどこかにチャンスはないかと、映画監督に出会えるワークショップを探し出し、応募した。それまで人前でちゃんと芝居をしたことはなかったが、自分はきっと誰かに見出されると信じていた。

 

書類審査に通り、ワークショップ当日。入り口のドアを開けると、同じ夢を持つ役者のたまご達が、狭い稽古場で体育座りをし、期待と不安で目をギラギラとさせている。鼓動が一気に早まる。そこへ監督が登場、呼吸が、浅くなる。名前を呼ばれた役者たちが次々に芝居をしていく。「大げさな芝居だな」「私ならあんな風にやらない」と冷ややかな視線を送りながら、自分の番を待つ。私の名前が呼ばれた。よし、かましてやる。しかし、いざ人前に立つと、急に他者の目が気になり始める。あれ?相手の台詞が聞こえない。次の台詞なんだっけ?緊張でまともに台詞すらいえず、フリーズしてしまい、相手役に迷惑をかける始末。なんとか絞りだした台詞は、恥ずかしさから逃れるためのオーバーリアクションにのせて、痛々しく稽古場に響いた。とても芝居とよべる代物ではなかったと思う。エチュードとよばれる即興芝居だけは台詞がないため、体当たりで乗り切れたが、後は目も当てられない有様だった。穴があったら入りたかった。いや、周りは自分が恥じ入るほど、私のことなんて気にもしていなかっただろう。地獄の四日間を終え、私は逃げるようにして帰った。当然ながら、頭の中で思い描いていたような夢の展開は起きなかった。

 

小学校の時の記憶がよみがえってきた。学芸会で、四年生は全クラス全員で「ごんぎつね」を朗読し、その各シーンに合わせた歌を歌う、音楽劇を発表することになった。そのうちの数曲を、各クラスから選ばれた子がソロで歌うことになっていた。私のクラスでも学級会で誰がソロを歌うかの話し合いが行われた。まずは挙手制で、歌のうまい子たちが立候補する。目立ちたがり屋だった私は、手をあげたい気持ちでいっぱいだったが、目立ちたがり屋のくせに自信がない、というやっかいな性分で、手を挙げられなかった。すると、クラスの人気者の男子が、「縄田がええんちゃう」と私を推薦した。私は小学四年生で身長が160㎝あり、男子たちに竜王(ドラクエのラスボス)とからかわれていた。「そやな、うちのクラスの竜王がええな、最強やしな」と、周りの子たちもそれに賛同し、あれよあれよと多数決で私に決定してしまった。立候補していた、歌の上手い女の子のばんちゃんは哀しそうな顔をしていた。

 

内心とても嬉しかったのは嘘ではないが、決まった途端に、武者震いのようなものを感じた。あれ? 私、人前で歌えんのかな? すると、ばんちゃんのことが好きだった男子が「なんで縄田やねん、坂東の方が絶対上手いやろ」とチクリ。それを聞いて一気に、血の気が引いていくのを感じた。決まってしまったものの、私はばんちゃんより上手く歌えるのだろうか。家に帰って歌の練習をした。私が担当するのはかなり高いキーのソプラノパートで、一番高い音がどうしてもしゃがれて上手く出ない。これはまずい…。練習すればするほど裏返る声、私はとんでもないことを引き受けてしまったのかもしれない。冷や汗が止まらない。明日の全クラス合同練習が恐ろしくてたまらない。

 

翌日、家を出る寸前まで仮病で学校を休むか悩んだ。しかし逃げたと思われるのも癪だし、どうせ明後日もまた練習がある。行くしかない。通学路を歩きながら歌を口ずさむ。歯がガクガクと震えだして、昨日歌えていたパートさえ上手く歌えない。どうしよう。一歩一歩、学校に近づく度に、足が重くなっていく。やっとのことで学校にたどり着き、午前の授業を受ける。合同練習は給食後だ。授業中、起こりうる、ありとあらゆる最悪のシミュレーションをしておく。「へたくそ」「音痴」「やっぱり坂東にしとけばよかった」「うちのクラスがいちばん下手」…。手足が氷のように冷たくなる。歯の震えが止まらない。絶対無理だ、こんなのでは歌えない、歌えない、どうしよう、歌えない…。

 

私は給食後、担任のところに行き、「緊張して歌えません、ごめんなさい。坂東さんに代わってもらいたいです」とお願いした。私がよっぽど思い詰めた顔をしていたのか、先生はすんなりと受け入れてくれた。合同練習が始まり、各クラスの子たちのソロパートが始まる。三組の目立ちたがりやの男子の歌はお世辞にも上手いと言えなかった。しかし恥ずかしげもなく自信たっぷりに歌う彼が、私には勇者のように見えた。うちのクラスのソロパートになり、みんなの視線が私に集まる。が、歌い始めたのは私ではなくばんちゃんで、みんなはきょとんとしている。ばんちゃんの美しい歌声が高らかに響く。あぁ、ばんちゃんが歌ってくれてよかった。下手くそな私が歌うべきではなかったんだ、私は人前で歌ってはいけない人間なんだ。そう自分で自分を納得させながら、心のどこかで「私だって上手く歌える」という変な自尊心が顔をのぞかせる。しかしそれを示そうとはしない。安全なところで、自分を棚に上げて人を批判し、自分はもっとできるはずだと言い訳をする。
私は昔から何にも変わっていない。

 

ラビットには付き合っていた彼女がいたが、彼女に妊娠したと告げられた(真偽は分からないが)ラビットは彼女の元を離れる。ラビットは友人ウィンクの「俺は良いプロモーション屋を知っている、デモテープを作ってそいつに任せればきっと売れる」という言葉を信じ、自動車工場でその資金を作るためにあくせく働いているが、一向にその「プロモ屋」の話は進まない。あげくの果てには、ラビットの新しい恋人アレックスにも「良いカメラマンを知っている」とちょっかいをかけていたウィンクに、彼女を寝取られる始末。母親は酒に溺れ、ろくでもない恋人に依存している。どん底にいるラビットはふと、仲間の一人に話しかける。

 

「いつ夢に諦めをつければいい?」
「高望みを捨て、地に足をつけるのはいつだ?」

 

地獄のワークショップを終えてへこんでいると、ワークショップの主催者だった人が自分の演出舞台に出ないかと声をかけてくれた。あんなに酷い芝居だったのに何故だろう、私の見た目が好きなのだろうかと、ひねくれた思いでその理由を尋ねると、「芝居は酷かったけれど、エチュードがおもしろかった」という回答が返ってきた。無我夢中で体当たりするしかなかったエチュードを褒められ、訳が分からなかったが、自分の可能性を少しでも感じてくれる人がいるならと、その舞台に立つことにした。稽古では嫌というほど自分の芝居のできなさ、弱さ、臆病さを思い知り、何度もくじけかけたけれど、「お前ならきっと大丈夫」と最後まで私を信じて見捨てないでいてくれた演出家のおかげで、私は何とか初舞台を終えることができた。それから様々なワークショップに参加し、そのたびに、ジャッジされる恐怖、自分の才能のなさと向き合う恐怖から逃げたいという思いに駆られ、実際に何度も逃げかけたけれど、その度に、出会ってきた監督や仲間たちに「お前はきっと、大丈夫」と呼び戻され、局面を乗り越えてきた。

 

甘ったれてんじゃねえよ、そんなの自分で超えて行けよ、と言われたら、ごもっともだと思う。私は弱い。才能のあるやつはそんなのなしに、見出されて売れていくんだよ。それもそうだ。でもさ、そうじゃない人がいてもいいじゃない。ラビットみたいに、何度打ちひしがれても、それでも自分を信じてくれる仲間や、恋人に尻を叩かれ、勇気を奮い起こしてステージに立つ、そんな人間がいてもいいじゃない。

 

ステージからも、別れた彼女からも逃げていたラビットは、彼の職場にやってきた元彼女に「何から逃げているの?」と突きつけられる。もしラビットの友人が誰一人、彼の才能を認めていなかったら、彼も己との苦しい戦いからすんなり身を引いていたのかもしれない。身を引いて、まじめに働き、彼女とよりを戻し、所帯をもって平凡に暮らす道を選んでいたのかもしれない。しかし彼の仲間はそれを許さない。「お前には才能がある」そう信じて疑わない。アレックスも劇中、何度もラビットに「あなたは成功する。予感がするの」と言う。これはある種の呪いなのかもしれない。こんなことでは自分の中にある、自分はこんなもんじゃないという思いをなかなか捨てることはできない。逃げて、逃げて、なんど己のその弱さに絶望しても蘇る、死にぞこないの自尊心。私も、ラビットも心の中では分かっている、あとは覚悟を決めるだけ。

 

それでもなかなか覚悟が決まらない。きっと今じゃない。スタジオ代を貯めて、自分でデモテープを作って売り込むんだ。分かるやつには自分の価値が分かるはずだ。内心は、認められたいという思いと、自分の才能のなさが露呈したらどうしようという思いで右往左往している。そんな彼を見かねてか、最後の最後に、出世のためにラビットを裏切ったアレックスが彼の職場を訪れ、彼に言う。

 

「お別れよ、ニューヨークへ行くの。ここで働いてスタジオ代をためるの?」
そうだと答えるラビットに、アレックスは一瞬落胆の色を見せるが、それでも彼女は彼に問い掛ける。
「今夜バトルに出てほしいけれど…怖いの?」
ラビットは咄嗟に答える、怖くないと。

 

別れを告げに来た彼女に発破をかけられ、ラビットはようやく覚悟を決める。

 

なんだ、最後までおんぶに抱っこかよ、と思うかもしれないが、下駄を履かせてもらえるのもその人の才能なのだ。私もこれまで幾度となく逃げてきた。自分の弱さを何度も呪いたくなった。だけどもこんな自分を信じて舞台を用意してくれる人たちがいる。しかもそれは今の自分の実力だけでは打ち勝てないステージだったりする。お世話になった演出家や師の荒戸さんは言った。己の実力より少し上の、すべてお膳立てされたステージに立たせてもらえるのもその人の才能だと。そこに引きずり出されて初めて、己の限界を超えられる。こいつの本気を見てみたいと奮闘してくれる人たちに、やるしかない状況に追い込まれて初めて、覚悟を決めることができる。もちろん、結果として、そこで期待以上のものが自分から出てこないのであれば、それまでなのかもしれない。しかし、普通はそのようなチャンスを与えられることすら滅多にないのだ。そこで最後に、本当にやるのか、やめるのか。ラビットは最後の最後でようやくバトルに出場し、その才能を見せつけ、チャンピオンになる。

 

私はこの映画を観て、大きな勇気をもらった。初めはなかなか踏ん切りのつかないラビットに自分を重ね、イライラした。しかし誰もがヒーローみたいに、自分の信念に忠実に、咄嗟に行動できるわけでもない。もちろん、それができるのは才能だ。だけども、逃げに逃げて、最後に本当に逃げたっていい。逃げ切るのも才能だ。うじうじしながらも、みんなにお尻を叩かれて、最後にようやくやってのける。これも立派な才能だ。ラビットがその後どうなったのか、それはだれにも分からない。けれども、一人の青年が仲間に支えられ、みっともなくも、最後の最後に覚悟を決める様を見届けることのできるこの作品を、私はサクセスストーリーと呼びたい。

 

覚悟がすべてだ。もちろん、できなくたっていい。自分なりの、闘い方を。

 

『8 Mile』
Blu-ray: 2,075 円 (税込)  /  DVD: 1,572 円 (税込)
発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント
※2022年10月時点の情報です。
縄田カノン『映画がすき。』

縄田カノン

Canon Nawata

1988年大阪府枚方市生まれ。17歳の頃にモデルを始め、立教大学経営学部国際経営学科卒業後、役者へと転身。2012年に初舞台『銀河鉄道の夜』にてカムパネルラを演じる。その後、映画監督、プロデューサーである荒戸源次郎と出会い、2014年、新国立劇場にて荒戸源次郎演出『安部公房の冒険』でヒロインを務める。2017年、荒井晴彦の目に留まり、荒井晴彦原案、荒井美早脚本、斎藤久志監督『空の瞳とカタツムリ』の主演に抜擢される。2019年、『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』にてニコラス・ケイジと共演、ハリウッドデビューを果たす。2021年には香港にてマイク・フィギス監督『マザー・タン』に出演するなど、ボーダレスに活動している。高倉英二に師事し、古武道の稽古にも日々励んでいる。趣味は映画鑑賞、お酒、読書。特に好きな小説家は夏目漱石、三島由紀夫、吉村萬壱。内澤旬子著『世界屠畜紀行』を自身のバイブルとしている。
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