管理組合のプレッシャー【第10回】
辛酸なめ子『新・人間関係のルール』

できれば平穏に生きていきたい……。しかし……

 

権力や責任ある役職とは無縁に生きてまいりました。できればそのまま平穏に生きていきたいのですが、何年か一度に逃れられない役職がもたらされます。

 

世の、子育てしている方はPTAなどで役員になられることがあるかと思います。大変だと伝え聞いていましたが、PTAとも無縁な人生に甘んじていました。

 

それでも世の中の面倒なことを全てスルーするのは神様がお許しにならなかったようです。それは……マンションの管理組合役員です。

 

分譲マンションの落とし穴

 

分譲マンションの落とし穴とも言うべき任務で、そういえば前のマンションの時も輪番制で理事になって何度か会議に出た覚えがあります(ほとんど言葉を発さず参加)。

 

今のマンションに移って、一度目に理事になったのは5~6年前。その時は役職のうち、会計というわりとライトな係になって、そこまで大変ではなかったのですが……。大規模修繕にも当たらず良かったです。ただ戸数が少なめなマンションなので、次にいつ回ってくるか、内心恐れておりました。

 

そして先日、ポストに入っている紙を見たら、次期の役員に選任されたとして自分の名前が載っていて、大げさですが血の気が引きました。次回のマンションの住人の集まりの前に役職を決めるとのことです。

 

どこのマンションも大体役職は同じだと思われますが、理事長と副理事長、会計、そして監事の4つが役員の内容です。

 

理事長は管理組合を代表し、理事会や総会では議長を担当したり、印鑑を保管したりと責任重大です。副理事長は、理事長に何か万一のことが起こったら代理として職務を行います。また防火管理者として資格を取るため二日間の講習に出て資格を取得しなければなりません。会計は、組合運営費の管理・保管など。監事は組合の業務の執行状況を監査します。

 

誰もが負担が軽い役職をやりたいというのが人の世の常。古いマンションでは古参の住人が自ら理事長をやりたがるケースもあると聞きますが……。

 

そんな奇特な人は私のマンションにはいなそうです。マンションの役員は社会の縮図だとしても、その縮図の中ではヒエラルキーとは無縁に生きていきたいです。

 

私はできれば会計か監事をやりたいと思って会議に臨みました。こんなに緊張するのは久しぶりです(テレビやラジオの収録以上)。

 

じゃんけんで決めることに

 

管理会社の人からまず役職について説明がありました。「理事長は会社に例えると社長みたいなものです」と、良さそうなことを言ってきましたがその手には乗りません。「どなたか理事長をやってもいい方はいらっしゃいませんか?」以前理事長だったと言う男性が発言したので期待が高まりましたが「前回理事長だったので今回はできれば理事長はやりたくない」という意思表明でした。

 

ということで、じゃんけんで決めることに。「勝った人からやりたい役職を選んでください」と管理会社の人が最初言っていたのに、じゃんけん直前に「勝った人が理事長に」と突然ルール変更。この管理会社、ちょっと信用できないです。

 

そしてじゃんけんをしたら……なんと勝ち抜いてしまいました! 最初勝ったら好きな役職を選べるはずが、理事長に。ショックで崩れ落ちそうになりながら、声を振り絞って「ムリです! 私にはできません! 人前で話したりできないんです!」と叫びました。

 

会議に出席した人々の間に気まずい空気が流れます。別の住人の方が「断る権利はないんですか? と助け舟を出してくださり、役員決めはマンションの長期修繕計画についての会議後に改めて行われることになりました。

 

その会議で「それでは次の議題は管理費の資金計画です」と大きな声で取り仕切る理事長の姿を見て、自分にはムリだという思いを新たにしました。もう引っ越しするしかないと思い詰めて、会議中はスマホで近くの中古マンションについて検索。

 

すると東京五輪前でマンションが値上がりしていて買った時よりも1・5倍以上高くなっており、とても引っ越せないことが判明。どうしたら良いか苦慮していました。しかし会議後役職決めの続きをする段になったら、さきほどの私の挙動不審ぶりを見てこの女に理事長を任せたらヤバい、と思ってくださったのか、自ら理事長になると申し出てくださった男性が。

 

そして別の方が、最近暇なので防火管理者の資格を取りたいと志願してくださり、ありがたいことに会計におさまることになりました。心から安堵しましたが、次回は同様に逃れることはできなさそうなので、覚悟するか、引っ越すしかないかもしれません。

 

分譲マンションに住んでいる人にはもれなく訪れる理事会の試練。周りの人はどのように対処しているのか聞いたりしてみました。

 

とにかく無視したおす

 

友人の女性は選任されても一切答えず、会議にも出ないまま通しているそうです。仕事で忙しいのだと思いますが、忙しいのは皆同じと言われてしまいそうで、スルーし続けると他の住民の目が厳しくなってしまう危険も。

 

どうしても役員にすらなりたくない人の強硬手段です。理事長にだけはなりたくない人は役員決めの日だけ欠席するという手もあるかもしれません。いない人に理事長を押し付ける、という非情なケースはほとんどないと思われます。

 

精神的にムリだと言い張る

 

先日聞いたケースは「副理事長に選任された人が、防火管理者はマンションが火事になった時に責任を取らされるというのを聞いて『そのことを考えるとのノイローゼになりそうです』と断ってきました」というもの。私が理事長はムリだと主張したケースに似ているかもしれません。周りに多少ヤバい人と思われても良いならできる強硬手段です。

 

親の介護など

 

知人の男性は、輪番制で役員が回って来た時、ちょうど父親が入院していたのでそのことを伝えたら、その年は免除されたそうです。嘘までつくのは気が引けますが、本当に親の介護があったらそのことを伝えて情に訴えればなんとかなりそうです。

 

社会性が乏しい空気感を出す

 

今回の私の断り方も十分社会性が足りない感じでしたが、人は見た目に影響されるもの。知人の教授はマンションではないですが大学の中の役職につきたくないため、わざと金髪にしていると話していました。見た目を理事長のイメージからかけ離れたものにしていくのは一つの手です。役員決めの会議で、自然と貫禄が漂う男性に期待の視線が集まるので……(こういう時だけ男尊女卑を黙認)。

 

引っ越す

 

理事長になりかけて本気で引っ越しを考えましたが、世の中には本当に実行してしまった人も。キャリアウーマンの知人は、小規模のラグジュアリーなマンションに憧れて約10世帯のマンションに引っ越したら、すぐに役員が回ってくるのが地獄で、せっかくの高級マンションを売って引っ越してしまったそうです。究極の手段ですが経済力が必要です。

 

超大型マンションに移る

 

その引っ越し先として良さそうなのは超大型マンション。知人は600戸ものマンションに住んでいて10年になりますが、一度も輪番制が来ないと言っていました。ただ何十年かに一回役員になった時の責任の重さがエグいですが……。

 

そのマンションでは理事長はやたら気合いを入れてパワポで資料を作って来たりするそうです。人が増えると理事長もデキる人間アピールしたくなるのかもしれません。

 

賃貸にする

 

「分譲はそんなことあるんですか……キツいですね」と内向的な賃貸住人の知人に言われました。たしか賃貸にすれば、大でもない限り役員にならされることはありません。分譲の役員の悩みが大きい人は、あとくされなく賃貸にしてしまっても良いのかもしれないと思いました。私もマンションを買うまでこんな任務があると知りませんでした……。

 

逃れる方法について考えてみましたが、最近の理事会は理事長などギャラ(些少ですが)をもらえる場合があるようです。仕事だと割り切ればなんとか乗り切れるかもしれません。また普段接点がない人と会合するというのも少しは人生経験になります。人生にムダはないと思って、今年一年、未熟者ですが会計をがんばろうと思います。

 

【今月の教訓】
理事長になるくらいなら引っ越す、くらいのやばい気迫を漂わせれば逃れられる

 

新・人間関係のルール

辛酸なめ子(しんさんなめこ)

1974年東京都生まれ。埼玉県育ち。漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)など多数。
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