akane
2018/11/01
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2018/11/01
2005年に本格化した「落語ブーム」。それは「落語というエンターテインメントの再発見」だった。
マスコミは「ブーム」と言ったが、落語がマスコミで話題となることが増えたとはいえ、エンタメ業界全体から見れば落語は依然としてマイナーな存在で、かつての「漫才ブーム」のような巨大ムーブメントになったわけではない。
ただ、落語会の数が飛躍的に増え、それぞれに「落語ファン」が足を運び、人気公演のチケットは取りにくい、という状況が訪れていたのは事実。そして、その状況が一過性で終わることはなかった。
20世紀末にほとんど存在すら忘れられていた落語は、21世紀初頭に「発見」され、そのまま「マイナーながらも存在は知られている芸能」として定着したのである。
なぜか。そこに「面白い落語家」が大勢いたからだ。シンプルな話である。
何かのきっかけで好みの落語家に出会い、その演者を追いかけているうちに他の落語家も好きになって、足を運ぶ落語会が増えていく。そういう個々の「落語家ファン」の集積が、落語界全体の活況を生んだ。
では、どうして2005年の落語界に「面白い落語家が大勢いた」のか。
それは2001年の「志ん朝の死」があったからだ、と僕は思っている。
21世紀を迎える頃、若手に人材は揃っていた。ただし、彼らが後に順調に成長し、売れていった結果を見て「揃っていた」と言えるのであって、あの「志ん朝の死」がなければ、状況は少し違っていただろう。
志ん朝の余りにも早すぎた死は、残された中堅以下の演者たちに大いなる喪失感を与えたが、やがてそれは危機意識の芽生えに繋がった。
これからの落語界を引っ張っていくのは志ん朝だと、誰もが信じて疑わなかった。だがその牽引車が消えた以上、自分たちがなんとかしなければ……そういう思いを抱いた意欲ある落語家たちが、積極的に動き始めた。「志ん朝なき落語界」を真剣に考えて行動に出た立川談春もその一人だ。
だが、それだけではない。
志ん朝という「究極の理想形」を失ったということは、特に落語協会の若手にとっては、「目標を失った」と同時に「重石が取れた」ということでもある。
「ああいう風であるべき」というお手本が厳然と存在していれば、そこに向かわざるを得ない。個々の意識として、という以上に、「空気」としてそうなるだろう。だが、その「お手本」が失われたとすれば、それぞれが「自分なりの落語」を「自分で創る」しかない。
言い換えると「自分の落語をやっていい」ということ。つまり彼らは「志ん朝の呪縛」から解放されたのだ。
実は、1990年代初期に、別の形での「呪縛からの解放」を経験していた落語家がいる。柳家花緑だ。
花緑は二ツ目の小緑時代、立川志らくや立川談春、春風亭昇太の落語が同世代の若者にバカウケし、自分の正攻法の古典が通用しないことにショックを受けた。そして、それまで五代目小さんや柳家小三治の落語が「正解」と信じ、稽古を重ねてそこに近づくことだけを考えていた花緑は、以来その「正解」にこだわるのではなく「自分の落語」を創ることを目指すようになったのだという。
もちろん、若き日の花緑と「志ん朝の死」に直面した落語協会の若手とでは、ショックの種類も置かれた立場も異なるが、志ん朝という絶対的な「正解」が失われたことで、「これからの落語界は何でもあり」という空気が生まれたのは事実だ。
志ん朝、小さんが相次いで亡くなり、「名人の呪縛」から解放された寄席の世界では、新たな個性が続々と花開く。その一方で、談志率いる立川流の勢いも増すばかり。活気に満ちた「現代落語の最前線」について、語るべきことはいくらでもあった。そして落語の魅力に目覚めた新たなファン層は、既に自力で「発見」した演者の他にどんな落語家がいるのか、誰のチケットを買えばいいのかを知りたがっていた。
だが落語の世界には、落語会のスケジュールなどの情報を提供する「東京かわら版」(いわば往年の「ぴあ」の落語版)があるだけで、音楽や映画・演劇などの世界における「専門誌」の役割を果たす媒体が存在しなかった。そもそも「落語評論」というものが(ごく一部の書き手を除き)存在しないに等しい状況だったのである。
せっかく「ブーム」を喧伝された落語業界なのに、それをとりまくジャーナリズムがあまりに貧弱であることが、僕には不思議でならなかった。
というよりも、落語関係者の「不親切さ」に、僕は憤りすら覚えた。
一般誌で落語特集を組んでも、そこには「寄席に行こう」と書かれているばかりで、「具体的に「今、誰が面白いのか」を教えてくれない。むしろ物故名人の音源を勧めるような傾向さえあった。今、そこに「面白い演者」が大勢いるのに。
ガイドもレビューも存在しないエンタメなんて、あり得ない。そう思った僕は、「今、チケットを買うのに役立つ落語家ガイド」を、自分の手で創ろうと決意したのだった。
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