「成金」のブレイク【第76回】著:広瀬和生
広瀬和生『21世紀落語史』

21世紀早々、落語界を大激震が襲う。
当代随一の人気を誇る、古今亭志ん朝の早すぎる死だ(2001年10月)。
志ん朝の死は、落語界の先行きに暗い影を落としたはずだった。しかし、落語界はそこから奇跡的に巻き返す。様々な人々の尽力により「落語ブーム」という言葉がたびたびメディアに躍るようになった。本連載は、平成が終わりを告げようとする今、激動の21世紀の落語界を振り返る試みである。

 

落語家における「二ツ目」という身分を広く世に知らしめることになったのが、芸協の二ツ目ユニット「成金」だ。

 

「成金」のメンバーは以下のとおり。(カッコ内は二ツ目昇進時期)

 

●柳亭小痴楽(2009年11月)

●昔昔亭A太郎(2010年2月)

●瀧川鯉八(2010年8月)

●春雨や雷太(2010年8月)※現・桂伸三

●三遊亭小笑(2011年3月)

●春風亭昇々(2011年4月)

●笑福亭羽光(2011年5月)

●桂宮治(2012年3月)

●神田松之丞(2012年6月)※日本講談協会にも所属

●春風亭柳若(2012年9月)

●春風亭昇也(2013年1月)

 

入門時期は小痴楽の2005年10月から昇也の2008年7月まで。この間に入門している二ツ目も芸協は他に2人いるので、「リアルに仲がいいユニット」として結成されたのだろう。それによって「成金」は、二ツ目という「芸人にとっての青春時代」を共に過ごすに相応しい健全さを保つことができたのだと思う。

 

彼らは2013年、落語専門のCDショップ「ミュージック・テイト西新宿店」で9月と10月にプレリュード公演を行ない、11月から毎週金曜の夜にメンバーのうち4人が交代で出演する「成金」という名の落語会を始めた。毎週金曜だから「成金」。この端的なネーミングも成功の原動力となった。

 

ミュージック・テイト西新宿店は2011年9月から店舗内に高座と客席を設置して、定員30名の落語会「ぶら~り寄席」を開始。第1回の出演は「柳亭こみち・三遊亭きつつき」、第2回は「柳家ほたる・柳家わさび」と、その規模に相応しく当初から二ツ目を積極的に出演させていた。二ツ目ユニット「成金」にはうってつけの会場だ。

 

スタート当初の「成金」を落語ファンの目から見ると、桂宮治だけ別格だった。何しろ宮治は前座の頃からそのエネルギッシュな高座が注目され、2012年に二ツ目に昇進するといきなり「NHK新人演芸大賞」落語部門で大賞を受賞。以後、ホール落語に起用されることも増え、国立演芸場で年4回の独演会が2014年4月から行なわれることも決まっていた。

 

個人的に宮治と同じくらい注目していたのが、小痴楽だ。2006年から神楽坂のシアターイワトで数年間開かれていた「いわと寄席」の古今亭志ん輔の独演会に毎回足を運んでいた僕は、そこで「桂ち太郎」といった前座時代の彼に出会い、その達者な口調と高座度胸に感心させられていた。「小痴楽はきっと芸協を引っ張る存在になる」と確信していたのである。(ちなみに2012年に北沢タウンホールで僕が始めた「この落語家を聴け!」は柳家喬太郎、桃月庵白酒、柳家三三、春風亭一之輔ほかの人気真打が登場したインタビュー付きの独演会シリーズだが、2015年10月の最終回スペシャルでは「二ツ目スペシャル」として小痴楽と三遊亭粋歌、立川笑二の3人に登場してもらった)

 

ユニットとしてアピールすることの新鮮さ、毎週金曜に同じ場所で開催するというわかりやすさにより、彼らは確実にファンを増やしていった。「成金」スタートと同時期、2014年10月に古今亭志ん輔プロデュースで神田須田町に開設された二ツ目専門の寄席「神田連雀亭」(2017年9月で志ん輔は運営から手を引き、以後はビルのオーナーと二ツ目による委員会による運営となった)は定員38名の小さな空間だが、ここも「成金」メンバー目当ての観客で賑わうようになっていく。

 

もちろん、その規模の会場に留まっていてはムーブメントにならない。「成金」メンバーにとって大きかったのは、正式スタートから1年後の2014年11月に「初心者向け」「若手向け」を謳った「シブラク」がスタートしたことだろう。成金メンバーの中でもユニークな新作派の瀧川鯉八、若々しい春風亭昇々などは、「シブラク」の「落語とお笑いを並列させる」思想との親和性が高く、「シブラク」で新しいファンを掴んでいった。

 

だが「成金」が生んだ最大のスターは何と言っても神田松之丞だ。松之丞は始まったばかりの「シブラク」第2回興行、2014年12月に初出演。2015年5月にはトリを取って満員にしている。

 

当初、松之丞が「シブラク」で演じたのは『トメ』『グレーゾーン』といった新作講談。それらの新鮮さは、鯉八の新作にも通じる「こういうのってアリ!?」という驚きを観客に与えただろう。だが、松之丞が人気を得た理由はそこではない。松之丞は落語を聴きに来た観客に「講談という新しいエンターテインメント」を教えたのだ。それはちょうど、2000年代の落語ブームで多くの人々が「落語という新しいエンターテインメント」を知ったのと似ている。あるいは、20世紀の落語界の沈滞とは無関係に「自分だけの世界」を築いたことでリピーターを着実に増やしていた立川志の輔や春風亭昇太に例えるべきかもしれない。

 

松之丞はワン・アンド・オンリー。だからこそ、2016年に新作講談を封印したことにまったく影響されることなく、松之丞はリピーターを増やしていった。

 

それにつれて「成金」のイメージも変化する。特に小痴楽・鯉八・昇々が2015年のNHK新人落語大賞の決勝に残って以来、「成金」のイメージはだんだんと「松之丞」プラス「小痴楽・鯉八・昇々」となり、地方に行く「旅成金」は「松之丞」&「小痴楽・鯉八」ということになった。落語界を俯瞰する視点から言わせてもらえば、「成金」最大の功績とは、ユニット構成員である松之丞の人気に引きずられる形で、小痴楽と鯉八という優れた才能が広く認知されたことに他ならない。

 

小痴楽がこの9月に真打昇進して「成金」は解散し、松之丞は2020年2月に六代目神田伯山を襲名して真打。2020年5月にはA太郎、鯉八、伸三も真打となり、ユニットとは無関係に落語ファンに支持されている宮治、女性に人気の昇々らも、それに続いていく。青春時代を「成金」で有意義に過ごした彼らの飛躍に期待したい。

21世紀落語史

広瀬和生(ひろせかずお)

1960年生まれ。東京大学工学部卒。ハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN! 」編集長。落語評論家。1970年代からの落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。また、数々の落語会をプロデュース。著書に『この落語家を聴け! 』(集英社文庫)、『落語評論はなぜ役に立たないのか』(光文社新書)、『談志は「これ」を聴け!』(光文社知恵の森文庫)、『噺は生きている』(毎日新聞出版)などがある。
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