詩人の言葉とパンク・ロックがニューヨークの地下で依り代を得た―パティ・スミスの1枚【第90回】
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

12位
『ホーセス』パティ・スミス(1975年/Arista/米)

 

Genre: Punk Rock, Art Punk
Horses – Patti Smith (1975) Arista, US
(RS 44 / NME 12) 457 + 489 = 946

 

 

Tracks:
M1: Gloria – Part I: In Excelsis Deo, Part II: Gloria (Version), M2: Redondo Beach, M3: Birdland, M4: Free Money, M5: Kimberly, M6: Break It Up, M7: Land – Part I: Horses, Part II: Land of a Thousand Dances, Part III: La Mer(de), M8: Elegie

 

 人呼んで「パンクの女王」がパティ・スミスだ。と言っても彼女は、同じニューヨークのラモーンズのような「体」のパンクではない。テレヴィジョンと同様の「技」のパンクだ。そんな彼女のデビュー・アルバムである本作は、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルがプロデュースした。ジャケットに使用された、ロバート・メイプルソープ撮影のスミスのポートレートも話題となった。中性的な、毅然とした美をたたえた「詩人のパンク・ロック」が注目を集めた。

 

 スミスのヴォーカルは、独特だ。まるで、おとぎ話に出てくる魔法使いの老婆がまじないをしているかのように、声を震わせながら歌う。おとぎ話と違うのは、ビート詩人直系の言葉の切れ味だ。また、彼女の最大の文芸的アイドルはアルチュール・ランボオだった。ボードレールやウィリアム・ブレイクも好んだ。

 

 そんなバックグラウンドを持つスミスが、ときに緩急自在、スポークン・ワードのような「語り」によって歌世界を動かしていく。そこからシフトアップして、炸薬が破裂するかのようなロックンロールへと発展する――この方式の最初の成功例が、M1だ。ゼム時代のヴァン・モリソンのヒット曲「グロリア」のカヴァーなのだが、前半部は彼女の「自在な朗読」で構成されている。幾多のカヴァーがある同曲だが、このヴァージョンは「グロリア」史上に残る名演として人気が高い。

 

 スミスいわく「言葉の力と3コード・ロックンロールの合体」を狙った本作において、ジャズ色の強いM3、レゲエ調のM2がいいアクセントになっている。とくに後者、元ザ・スミスのモリッシーが(名前つながりというわけでもないだろうが)04年のツアーでカヴァーした。彼はこの演奏を、スミス時代の名曲「ゼア・イズ・ア・ライト・ザット・ネヴァー・ゴーズ・アウト」(58位、86年発表の『ザ・クイーン・イズ・デッド』に収録)とのカップリングで、シングルにまでしている。

 

 ボブ・ディランも彼女を気にかけている。16年にディランがノーベル文学賞を受賞したとき、なぜか代理として彼に指名されたスミスはスウェーデンに派遣され、アカデミー会員を前にディランの曲(邦題「はげしい雨が降る」)を歌わされる羽目になった。女性男性問わず、無数のアーティストに影響を与えたスミスもまた、偉大なる「ロックの詩人」の系譜のなかに位置していることのあらわれだ。

 

 

次回は11位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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