「アメリカの乾いた「闇」を描破した、弾き語りの文学」【第11回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

91位
『ネブラスカ』ブルース・スプリングスティーン(1982年/Columbia/米)

Genre: Alterative Folk, Heartland Rock
Nebraska – Bruce Springsteen (1982) Columbia, US
(RS 226 / NME 148) 275 + 353 = 628
※92位、91位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: Nebraska, M2: Atlantic City, M3: Mansion on the Hill, M4: Johnny 99, M5: Highway Patrolman, M6: State Trooper, M7: Used Cars, M8: Open All Night, M9: My Father’s House, M10: Reason to Believe

 

本作にはこんな逸話がある。彼の次回作はあの『ボーン・イン・ザ・USA』(84年)だったのだが、あまりに売れたため、大いなる誤解のもとでタイトル曲がレーガン大統領の再選キャンペーンに使用されかかったことがある。このときスプリングスティーンはステージ上で「大統領は俺の『ネブラスカ』を聴いたとは思えない」とだけ言って、本作収録の「ジョニー99」(M4)を歌った、という。

 

こんな歌だ。職を失った男・ラルフが、酒に酔って夜勤の店員を撃つ。逮捕されて判決は懲役99年。このときから彼は「ジョニー99」と呼ばれるようになる……。

 

タイトル曲(M1)は、実在の19歳の連続殺人犯チャールズ・スタークウェザーを「語り手」としている。14歳のガールフレンドと駆け落ちした彼は、10人を無差別に殺し、死刑となる。「悪いことをしたとは思わない/俺とあの娘のちょっとしたお楽しみだっただけ」という、本人が書き残したメモも、歌詞に引用されている。

 

そんな本作の最大特徴は「デモ・テープのまま」リリースされた、という点だ。スプリングスティーンひとりが、弾き語りを基本にカセット・レコーダーで録音した。そして「スタジオでバンドとともにやってみたところ、しっくりこなかった」という理由によって、結局のところ「デモのまま」の状態で発売されることになった。

 

収録曲を書いているとき、スプリングスティーンの頭のなかには、アメリカの作家フラナリー・オコナーの諸作があったのだという。そもそも、3分間の歌のなかにまるで短篇小説のような世界を構築できる言葉の名手がスプリングスティーンなのだが、そんな彼が南部ゴシックの系譜を継ぐオコナーに傾倒した、というところから、僕の目には本作が、トルーマン・カポーティのノンフィクション・ノベル『冷血』とダブって見える。「普通の人々」の儚き日常が、ときに「闇」へと不可逆に飲み込まれていく、血と暴力の伏流水がひそむ、ざらついた現実の様を硬質に書き留めていく、という手法が、カポーティのそれと相通じるところがある、と感じる。

 

すでにこのとき、前作『ザ・リバー』(80年)で初のアルバム・チャート1位を獲得し、スプリングスティーンはロック界のトップ・ランナーのひとりとなっていた。にもかかわらず、この生々しくも誠実な第6作を世に問うたことを、多くの人が支持した。スプリングスティーン史上、屈指のインパクトを誇る名盤が本作だ。

 

次回は90位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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