「墓石に刻まれたギャングスタ・ラップの新訳聖書」【第12回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

90位
『ザ・クロニック』ドクター・ドレー(1992年/DeathRow・Interscope・Priority/米)

Genre: West Coast Hip Hop, G-funk, Gangsta Rap
The Chronic – Dr. Dre (1992) Death Row•Interscope•Priority, US
(RS 138 / NME 231) 363 + 270 = 633
※90位、89位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: The Chronic (Intro), M2: Fuck wit Dre Day (And Everybody’s Celebratin’), M3: Let Me Ride, M4: The Day the Niggaz Took Over, M5: Nuthin’ but a ‘G’ Thang, M6: Deeez Nuuuts, M7: Lil’ Ghetto Boy, M8: A Nigga Witta Gun, M9: Rat-Tat-Tat-Tat, M10: The $20 Sack Pyramid (Skit), M11: Lyrical Gangbang, M12: High Powered, M13: The Doctor’s Office (Skit), M14: Stranded on Death Row, M15: The Roach (The Chronic Outro), M16: Bitches Ain’t Shit

 

巨大山脈のごとくシーンに君臨する名プロデューサーである彼が、アーティストとして制作した初のアルバムがこれだ。本作はマルチ・プラチナムを獲得、「史上最も売れたヒップホップ・アルバム」として、音楽業界をまさに「制圧」した。

 

ドレーがここで世に広めたサウンド・スタイルは「Gファンク」と呼ばれた。「G」とはギャングスタのGだ。あたかも、南カリフォルニアの平坦な道路を、陽光のもと、70年代のキャデラックのごとき馬鹿でかいクルマのローライダーで、トロトロと流しているドラッグ・ディーラー……みたいな光景を想起させるサウンドがこれだ。サンプリング・ソースには、ジョージ・クリントン率いる「Pファンク」が多用された。レイドバックした、ゆったりしたテンポでありながら、裏側に凶暴さを秘めたこの酩酊的なループに人々は魅了された。

 

本作にはスヌープ・ドッグも大フィーチャーされている。西海岸ギャングスタ・ラッパーの代表格となる彼が、ヒット曲に最初に名を連ねたのはこのアルバムだ。彼がラップするM3、M5などが、まさに「時代のサウンドトラック」として、受けに受けた。米英の一流大の学生までもが「ギャングスタ・ラップ」に熱を上げ始めたのが、このころだ。その様はまるで、80年代初頭の日本における「ツッパリ」ブーム、横浜銀蝿ブームとも似ていた。大きく違うのは、ドレーの周辺にいたのが「本物」のギャングであり、ドラッグや銃や殺人が日常のなかにあったことなのだが。

 

本作が初のアルバム・リリースとなったデス・ロウ・レコードをドレーと一緒に立ち上げたシュグ・ナイトは、僕がこれを書いている時点ではまだ殺人容疑で公判中の身だ。2パック、ビギー・スモールズといった犠牲者も出た「西対東」のヒップホップ抗争の遠因となったのもまた、本作が象徴する「西海岸派の急速な興隆」だった。

 

70年代初頭のブロンクス区南部で生まれたヒップホップは、元来「ニューヨークの特産品」と見なされていた。しかし本作の成功の前後から、全米の各地でヒップホップのローカル・シーンが急速に活性化していく。先行していたマイアミの影響も受けたアトランタが次世代のメッカとなる。シカゴも大発展していく。

 

そしてドレーは、アップルから三顧の礼で迎えられるほどの「ビジネスの大成功者」となって、今日も意気軒昂だ。

 

次回は89位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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