ノイズの絵の具で描いてみせた「白昼夢の国」【第13回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

89位
『デイドリーム・ネイション』ソニック・ユース(1988年/Enigma/米)

Genre: Avant-Rock, Noise Rock, Alternative Rock
Daydream Nation – Sonic Youth (1988) Enigma, US
(RS 328 / NME 41) 173 + 460 = 633
※90位、89位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: Teen Age Riot, M2: Silver Rocket, M3: The Sprawl, M4: Cross the Breeze, M5: Eric’s Trip, M6: Total Trash, M7: Hey Joni, M8: Providence, M9: Candle, M10: Rain King, M11: Kissability, M12: Trilogy_(a) The Wonder, M13: Trilogy_(b) Hyperstation, M14: Trilogy_(z) Eliminator Jr.

 

その活動歴の長さ(結成は81年)、いつも変わらぬ超然とした佇まい、息を吸って吐くかのようにノイズでいっぱいのロックを生み出し、前衛アートとストリート文化の境界線を自由自在にまたぎ越える――そんなところから、「この時点ですでに」ニューヨークのインディー・シーンの象徴と見なされ、日本では「アングラ大王」とまで呼ばれていた彼らの、通算5作目となる大作アルバムがこれだ。

 

ソニック・ユースの最高傑作という呼び声も高い本作は、当初アナログ盤二枚組、収録時間70分超のダブル・アルバムとして発表された。この物量で、重厚かつ緊張感の高い、ノイジーでラウドなギター・ロックが連打される様は圧巻だ。

 

なかでもベーシストのキム・ゴードンが詞を書き、歌ったM3は印象ぶかい。サイバーパンクSFの大家ウィリアム・ギブソンの作品に想を得たこのナンバーは、無頼系の米作家デニス・ジョンソンの長篇『正午の星々』からの引用で幕を開ける。僕はロウワー・マンハッタンにあったゴードンのアパートメントにお邪魔したことがあるのだが、そこかしこに積み上げられていたペーパーバックの山(C級モッズ小説まであった)を思い出す。これぞ「ニューヨークの」リアル文系インディー・ロックだ。

 

そのほか、アルバムの最後に収録された「トリロジー」と題されたトラック3つ(M13、M14、M15)もすさまじい。世にもめずらしかった(いや、いまでもめずらしい)「オルタナ・ロックの組曲」だ。アイデア優先、融通無碍のように見えて、じつはかっちりと計算されているのがソニック・ユースの楽曲なので、このような離れ業もできる。

 

このアルバムへの高い評価を背に、バンドはゲフィンと契約。次回作(出世作ともなった『GOO』90年)はメジャー・レーベルからの発売となる……と書くと「そんなこともあるか」ぐらいに、みなさん思うだろうか。しかしこの当時は、違った。

 

まさに喧々囂々。「なんでそんな?」と、少なくない数のインディー・キッズが大きなショックを受けた。是か非か、なんて論争まで起こったほどの、大事件だった。そして「ソニック・ユースがゲフィンで成功し、『あそこは悪くないよ』と言ったから」という理由で、ニルヴァーナが同レーベルと契約し、『ネヴァーマインド』(91年)を制作することになったのは、有名な話だ。

 

次回は88位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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