「最後のロックスター」の打ち上げ花火、異端が本流を食い破る―ニルヴァーナの1枚(後編)
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

 

5位
『ネヴァーマインド』ニルヴァーナ(1991年/DGC/米)

 

Genre: Alternative Rock
Nevermind – Nirvana (1991) DGC, US
(RS 17 / NME 11) 484 + 490 = 974
※5位、4位の2枚が同スコア

 

 

Tracks:
M1: Smells Like Teen Spirit, M2: In Bloom, M3: Come as You Are, M4: Breed, M5: Lithium, M6: Polly, M7: Territorial Pissings, M8: Drain You, M9: Lounge Act, M10: Stay Away, M11: On a Plain, M12: Something in the Way
※M12のあとに「Endless, Nameless」という隠しトラックが収録されていた。

 

(前編はこちら

 

 いわゆる「うなり節」であるグロウルにかけて、コベインは傑出していた。歌詞は(意図的に)支離滅裂なことも多かったのだが、なによりも彼の「声」そのもののシリアスさが、聴く者の耳をとらえて離さなかった。強烈な存在感を、絶望の渦の底みたいな磁場から発し続けていた。そこにはまぎれもない、ブルースがあった。20世紀前半に伝説を残したフォーク/ブルース・アーティスト、レッドベリーをコベインは愛好していたのだが、声色と節回しの点でたしかに共通項がある。彼のこの深々とした奈落の色彩は、同時代のいかなる歌手とも、似ても似つかないものだった。

 

 と、こんな特質をそなえた彼らの音楽に、巧妙な「お化粧」を施したのが本作だ。プロデューサーのブッチ・ヴィグによって、アンダーグラウンド臭は適度に消毒され、新時代のハード・ロックとして整備された。M3、M6、M12、(隠しトラックの)M13といった曲の暗さと混沌には「消毒前」の菌の残存率が高い。対して、M2、M4、M5、M7、M8あたりは、そのあまりのパワー感から体育会系の学生「ジョックス(Jocks)」までもが誤解して好んだ。こうした「成功の代償」がコベインの精神状態を悪化させ、より一層ヘロインに耽溺させた、との説は根強い。

 

 本作の発表からわずか2年半後の94年4月、コベインは散弾銃を使って自殺する。27歳だった。ここから「ブーム」は徐々に鎮火していく。あらゆる街の「インディー」ロック・バンドが、「メジャー」レーベルに青田刈りされた季節は終焉を迎え、そしてその後、二度とこのような「事件」は起きてはいない。

 

 パンク・ロックの原型すべてを生んだ国であるアメリカでは、しかし「パンク精神ゆたかなロックは売れない」というテーゼがかつてあった。先鋭的なバンドの居場所はアンダーグラウンドで、それらがメインストリームに浮上してくることは、原則なかった。が、ときにその「原則」にひずみが生じ、地殻変動が起きることがある。マイケル・ジャクソンが「キング・オブ・ポップ」になったこと、ヒップホップが大流行したことなどと同等の、ある種の下克上的な事態が「ロック」の領域で起きた、いまのところ歴史上「最後」の事件こそが、ニルヴァーナのブレイクだった。

 

 打ち上げ花火のように「最後のロックスター」は炸裂して消えた。だが満天下に彼らが示した「ロックに固有の」破壊力の残照は、いまもなお、本作のなかで熱を発し続けている。

 

次回は4位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

この100枚がなぜ「究極」なのか? こちらをどうぞ

究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を