愛と相互理解と融合の伝道師は、紫の雨のなかにいた【第57回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

45位
『パープル・レイン』プリンス・アンド・ザ・レヴォリューション(1984年/Warner Bros./米)

Genre: Pop, R&B, Rock
Purple Rain – Prince and The Revolution (1984) Warner Bros., US
(RS 76 / NME 91) 425 + 410 = 835

 

 

Tracks:
M1: Let’s Go Crazy, M2: Take Me with U, M3: The Beautiful Ones, M4: Computer Blue, M5: Darling Nikki, M6: When Doves Cry, M7: I Would Die 4 U, M8: Baby I’m a Star, M9: Purple Rain

 

プリンスの魅力、能力、あるいは「超」能力のすべてを知るための地図が、このたった9曲のなかにある。彼にとって6枚目のアルバムとなる本作は、自身が出演する同名映画のサウンドトラック盤として制作され、記録的なセールスを叩き出した。グラミー賞のみならず、アカデミー賞まで獲った。全アメリカを「プリンス色」に染め上げ、80年代の色彩を決定づけた。そんな、すさまじいまでの成功作がこれだ。

 

プリンスの功績とは、なにか。「あらゆる境界線を超えて、その両側のものを自由自在に混ぜ合わせる」ことの、至上の愉悦を、音楽を通して啓蒙したことだ。天には、地には、そして人には「愛がある」ゆえに、それはきっと可能であるはずだ、と彼は一切の逡巡なく、信じつづけていた。彼のその信念が、きわめて高純度で結晶化され、地球中の人々の眼前に示された最初の1枚、それが本作だった。

 

特筆すべきことは、本作において初めて明瞭にプリンスをバックアップし得た、稀代の名バンド、ザ・レヴォリューションとのコンビネーションの完成だ(前作に続いてのタッグだった)。

 

彼の音楽スタイルの基本は、70年代のファンクに「エレクトロニック」処理をした上で、R&Bやポップはもちろん、ロックとも大胆に混合、どの角度から見ても「プリンス印」が付きまくったオリジナル・スタイルへと昇華する、というものだ。たとえば、史上稀な「ベースなしのファンク」だったM6、猥雑にして高揚感でいっぱいのM1といった、シングルにて全米1位を記録したナンバーにそれは顕著だ。

 

とくに後者、プリンスのギター・ソロがすごい。〈ローリング・ストーン〉認定、「史上最も過小評価されているギタリスト25人」(07年)にて堂々1位を獲得したのがプリンスだったことを、忘れてはならない。しかし、彼のギターの真髄を聴くならタイトル・トラックのM9だ。この、あまりにも濃厚かつ、だだ漏れになったエモーションの奔流――は、恰好悪いと言えば、かぎりなく恰好悪い。だがしかし、通りのど真ん中、素っ裸で天に向かって愛を叫ぶようなこのナンバーのなかにこそ、プリンスがR&Bの伝統の上に立った愛の使者であることの、なによりの証拠がある。

 

一聴しただけで、胸が躍る。瞳孔は広がり、鼓動は高まり、歓喜の笑顔が頬に自然に浮かび上がる……そんなプリンスの音楽が、世を制した瞬間の記録が本作だ。

 

次回は44位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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