akane
2018/10/04
akane
2018/10/04
対談集『ニッポン幸福戦略』発売を記念して、対談の一部を紹介します。1人目のゲストは都市工学者・西村幸夫さん。「AIやIoTの進化にともない都市の姿が変化する」と考え、都市工学の第一人者である西村先生に、これからの日本が目指さねばならない「まちづくり」についてお話を伺いました。
日本のまちづくりの変化
桜 日本の都市が抱える問題──都市の老朽化や満員電車、職住一体型の働き方についてとても興味があり、検索サイトで探しあてたのが都市研究の第一人者である西村先生の論文でした。いま、都市のつくり方というものに着目しているんです。
西村 一般の方にとって都市は“住むもの”であって、“つくるもの”“つくられたもの”という観点を持つのは珍しいですね。
桜 これからはIoTやAI、ロボットが私たちの生活に入ってきます。と同時に、都市の姿も変わってくるのではないかと。そこで、都市工学者である西村幸夫先生に、「アーバンデザイン」や「まちづくり」をキーワードにお話を伺いたいと思いました。
西村 実はまちづくりも、ここ数十年で大きく様変わりしているんです。戦後から30年ほど前までは、ニュータウンや駅舎、駅前広場など、具体的に街をつくっていました。加えて、都市が大きくなるにつれ交通渋滞が起きるので、それをどのように解消するのか、郊外に住宅をつくったはいいが学校や病院などはどうするのかといった諸問題を解決する方策なども、僕たち都市工学の専門家が手がけていたわけです。
ところが第二次ベビーブーム(1971~74年)を境にして、日本の人口増加率は年々縮小していきます。つまり人口が増えないから、停滞の時期が来る。ちょうどバブル後の時期です。
そして、次は逆の問題が出てくる。中心市街地が寂れてきて、お店がなくなり、空き家が増え、若者が減少していく。さてどうするのか?という問題です。単にモノをつくればOKという時代は過ぎ、人が集まることのできる仕組みや、魅力的な空間、居場所をつくらないといけない時代になったんですね。
そこで、誰がそういう仕組みや場所を運営したり責任を持つのかも含め、一緒に考えて提案したり、実際に動かしたりするようになりました。
桜 建物など何かを物質的につくる時代から、人の流れなどをつくる時代に変わってきたということですね。
西村 そうです。あとは、いまあるものをどう変えていくか。最近、リノベーションやコンバージョン(改装)が流行っていますよね。昔の一般的なオフィスビルのままでは借り手がつかないけれど、古い建物をちょっと改装したほうが新しく建物を建てるよりも安上がり、かつ若い人にとっては魅力的だとウケがいい。残っているオールド&ユーズドなテイストを「これまで生活していた人たちの残り香がある」と感じるようで。
桜 オシャレな物件を紹介する不動産屋のアプリを見ると、築何十年の古い建物が逆にレトロだ、ファッションだということで、若い人が結構高い値段で借りています。
西村 団塊の世代や団塊ジュニアなど、経済成長真っ只中の先頭ランナーたちにはピカピカの新しいものが好まれていた。いまの若い人たちってそういう世代とは違うんだなと。
桜 そうなんですよ。
西村 みんな競争しないしね。
桜 平和が好きなんです。
西村 そういう意味でも、自分好みの、しかもあまりとんがっているわけではなくて、もう少し居心地の良いところを好む傾向にありますね。
地域によってふさわしい処方箋は違う
桜 東京はまさにいま老朽化した建物を含め、都市をどのように再整備していくかという課題と直面しているわけですが、西村先生は一新するよりも活かすほうがよいというお考えですか?
西村 生かせるものは。でも、変えないといけないものもあります。昔はやるなら一斉にやったほうが効率的だし、雇用も生み出すからいいと考えられていたけれど、いまはそういう状況でもない。生かせるものは生かし、変えないといけないものは変えていく。
例えば、建物でいうとリノベーションに当たるものを、地区全体で考えてみたらどうなるか。“エリアリノベーション”などと呼んでいるのですが、そういうことがわりと増えています。
桜 エリアによって処方箋は変わってくるわけですか。
西村 ぜんぜん違います。
桜 「成熟した理想的な街のあり方」というのがエリアごとに違うとして、もし一例を挙げるとしたらどういうものでしょうか。
西村 都会ではないのですが、僕がもう30年以上付き合っている飛騨古川という小さな街を例に挙げましょうか。
飛騨高山は人口が約7万人で、毎年約300万人の観光客が来る街です。ところがその隣にある飛騨古川は、人口約1万人の、わりと静かな街なんです。観光地のような賑わいはないけれど、落ち着いて、かつ豊かな生活がしたいという人たちが住んでいる。お祭りも盛んで、昔ながらの細い道幅を保存し、昔ながらの飛騨風の建物を建て、祭りの舞台としてふさわしいまちづくりをしています。
すると、外から来る人の目線も変わってくるんですよ。飛騨高山もいいけれど、人の少ない飛騨古川に昔の飛騨高山の面影を重ねて見るようになる。
桜 観光だけに特化したわけではない姿を。
西村 そう。その場所にふさわしいまちづくりを行っていると、感度の高い人たちは注目してくれるものなんです。特に飛騨古川は2016年公開のアニメ映画『君の名は。』の舞台にもなっていて、訪れる人が急に増加しています。
桜 聖地巡礼ですね(笑)。
西村 そういうことが起きるのも、あまり無理せずに、住んでいる人たちの身の丈に合ったまちづくりを地道に続けてきたからではないでしょうか。
都会における「良い街のモデル」
桜 私の住む東京も「ご近所さん」という昔の日本ならではのコミュニティーを復活させ、地域で高齢者と子どもの面倒を見たり、諸問題を住民全員で解決していけばいいなと思うのですが。
西村 東京にも意外にあるんですよ。私は『神田百年企業の足跡』(東京堂出版/2017年)という本の出版に関わっているのですが、例えば神田には、100年以上続く企業が約170社あるんです。
桜 そんなに?
西村 ええ。京都に老舗が多いのは周知の事実ですが、東京だと神田は日本橋に次いで多いんです。震災や戦災で街の風景も変わったのに、なぜなのか。
もともと神田というのは職人の街であり、「いいものをつくり、信頼され、細く長く続けること」に価値を見出します。それで都市にあるわりには、昔ながらのコミュニティーを大切にしてきた。老舗も多く、高齢化は確かに進んでいるけれど、住民が非常に元気です。これは都会におけるひとつの「良い街のモデル」になるのかなと。
桜 では、築地市場のような細く長く営んできたものをまったくなくし、新しいハコにそっくり移転することに関してはどう思われますか?
西村 築地市場については、流通の効率と規模、建物自体の老朽化問題が複雑に絡み合っており、ひと言では言えません。やはりどこかでなんらかの再生は必要でしょう。
一方で、場外市場のような多様な店が多様な企業活動を営んでいる、言ってみればある種の有機体のようなものをどこかに移してすぐに同じように再開できるかというと、そういうものではない。長い時間をかけて関係性を育みながら有機的にでき上がったものをどうすればいいのか、という討論は非常に重要だと思います。
西村幸夫(にしむら・ゆきお)
都市工学者。1952年、福岡県生まれ。東京大学都市工学科卒業、同大学院修了。96~2018年3月まで東京大学大学院教授。2011~13年まで東京大学副学長、13~16年まで先端科学技術研究センター所長。
2018年現在、神戸芸術工科大学で教鞭を執る。海外では、アジア工科大学助教授(バンコク)、マサチューセッツ工科大学客員研究員、コロンビア大学客員研究員、フランス国立社会科学高等研究院客員教授などを歴任。専門は都市計画、都市保全計画、都市景観計画など。著書に『西村幸夫都市論ノート─景観・まちづくり・都市デザイン』『都市保全計画─歴史・文化・自然を活かしたまちづくり』『西村幸夫風景論ノート─景観法・町並み・再生』『県都物語─47都心空間の近代をあるく』など。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.