akane
2018/10/11
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2018/10/11
対談集『ニッポン幸福戦略』発売を記念して、対談の一部を紹介します。3人目のゲストはトランジットジェネラルオフィス代表取締役社長 中村貞裕さん。カフェ「Sigh」やチョコレートブランド「MAX BRENNER」、台湾初かき氷ショップ「ICE MONSTER」など人気の店を手がける中村さんに、ブームのつくり方を尋ねます。
「1×100=100」の数式でスーパーミーハーを目指す
桜 2000年代に起きた「カフェブームの立役者」のひとりといわれ、ブームをここまで牽引した中村さん。30歳で起業した会社が約17年でここまで大きくなった理由には、ご自身に流行を見極める力があったのではないかと思うのですが。
中村 流行を見極めようという意識は、10年前まではなかったです。目の前のやりたいことをひたすら一つひとつこなしていくうちに、積み重ねで数が増えてきたという感じかな。
ただ、『中村貞裕式 ミーハー仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン/2012年)という本を出したとき、原稿を書きながら自分自身を分析していったんですよね。ミーハーというのは、いい意味では好奇心が旺盛、悪い意味では熱しやすく冷めやすい。それが僕の性格です。
小中高時代を振り返っても、例えばマンガ『スラムダンク』を読んでバスケ部に入部するも、3カ月でやめる。BOO/WYやザ・ブルーハーツが流行ってギターを買うも、サザンオールスターズの『Ya Ya(あの時代を忘れない)』の冒頭だけ弾けるようになったら満足してやめる。スチャダラパーが流行れば、ターンテーブルとレコード5枚買って、たまに流して終わり。スケボーもサーフィンもそんな感じ。
ところが、二十歳にもなると、僕がやめたものをずっと続けている人がいるんですよ。バスケ部の人はインターハイに出たり、バンドをやっている人はライブ活動を始めたり、DJを始めた人はクラブで回したりする。プロになるまではいかずとも、続けている人はたいがい上達している。僕も根拠のない自信があるので、「もし続けていたらこれぐらいにはなれただろう」という、自信と後悔が入り混じったコンプレックスが生まれるんです。
桜 就職されてからは?
中村 伊勢丹に就職したあとも同じような日々が過ぎて……。
でもだんだんと同僚や先輩から「デートにいい店知らない?」「飲み会の幹事になったんだけど、オススメの店ある?」と尋ねられたり、伊勢丹のカリスマバイヤーであり恩師でもある藤巻幸大さんからも、「お前の周りでは何が流行ってるんだ?」と訊かれたりするようになって。ミーハーを貫いていたら、いつの間にかトレンドや流行を知っている自分ができあがっていたんです。
そのとき気づいたことがあって。100という到達点があるとすると、何かひとつを極めている人は、100×1=100になる。僕のようなミーハー人間、つまり小さい情報をたくさん仕入れることが得意なタイプは、100個をちょっとずつ知るという意味で、1×100=100になる。最終的に100になるんだったら、どちらの方法でもいいし、僕は「その1を200個でも300個でも増やしていこう!スーパーミーハーになろう!」と決めた。
プロフェッショナルの人と組んで100×100=10,000にしてもいいし、自分の数式さえしっかりしていればパワーを大きくすることはいくらでもできる。それが僕のいまの仕事のスタイルなんです。
さざ波とさざ波をくっつけて大波をつくる
桜 これだけ情報があふれた世の中で、中村さんが見立てたトレンドや流行は必ず話題になります。その仕掛けを教えてください。
中村 実は比較的ロジカルに、パターン化していっているんです。初めにコンセプトをつくる。次にコンセプトに合うキャッチフレーズをつくる。
つまり、店やプロジェクトを構築しているインテリアデザイン、グラフィック、メニュー、出店場所、スタッフの制服など要素を50個程度書き出すんです。
その次がキャスティング。デザートであれば「パンケーキ」や「かき氷」、インテリアデザイナーであれば「片山正通さん」、出店場所だったら「表参道」「銀座」「2年後は渋谷」などと書いていく。
すると、ありとあらゆる雑誌の、ありとあらゆるコーナーに載る可能性のある店ができるじゃないですか。コンテンツとキャスティングをひたすら考え、プレスリリースにできるだけうまく書き落としていくのが、僕らのプロデュースという仕事なんです。
桜 ブームは一過性で終わる危険がありますよね。どうして長年続くブームをつくれるのですか。
中村 ブームはトレンドにして、ライフスタイルにしないと定着しません。そのために、さざ波とさざ波をくっつけて大波にするという方法を大事にしています。そして大波に必要なのは、やはりコンペティターです。
わかりやすく喩えると、アメリカからGAPが日本に進出したのは1995年、スペインのZARAの進出が1997年、ユニクロのフリースが驚異的に売れたのが1998年です。ここまではさざ波です。さらに2008年にスウェーデンのH&M、2009年にアメリカのフォーエバー21が進出したことで、それらのさざ波がくっついて「ファストファッション」という大波となり、日本のライフスタイルをすっかり変えてしまいました。
僕自身もコンペティターは常に探しているし、逆をいえば、コンペティターがいるものをやりたいと思う。“いちばん”に飛びついて、誰もついてこないものはやりません。
桜 だからトレンドとして世に浸透するんですね。
中村 要するに、マラソン集団でいうところの1位集団に入ることが大切。でも2~3番目までかな。4~5番目で飛びつくと、二番煎じになっちゃう。ブームというのはゼロから1をつくるという発想ではなく、1のものを見つけて10にするという発想です。ゼロから1というと、すべてがストイックで、僕なんか固まってしまって本当に役に立たないんですよ。
地方は「東京化」してはいけない
桜 いま日本は「クールジャパン」といって、日本の良きものを世界にアピールしています。中村さんは2012年、森ビルの会長を務めた森稔さんの葬儀の際、森さんの残した「都市の再生なくして経済の再建はあり得ない」というメッセージに感銘を受けて、「HOT TOKYO」をテーマにしているとお聞きしました。HOT TOKYOとクールジャパンとの違いは何でしょうか。
中村 クールジャパンはオタクとか匠の技とか、プロフェッショナルな世界であって、僕の得意な分野ではないんです。ただ、僕も日本に生まれて東京で暮らしているので、何か貢献したい、東京を盛り上げたいと思ったんです。それに、僕みたいないろんな国に行っている人って、あまり国別で考えない。都市別なんですよ。スペインではなく、サン・セバスティアンに行きたい。デンマークではなく、コペンハーゲンに行きたい。世界的にも、グローバルな視点がある人ほど都市別ランキングを重要視する傾向にある。
桜 文化度の高い外国人にかぎって、福岡に行きたいとか、北海道のニセコに行きたいとか具体的な希望がありますよね。
中村 新潟の燕三条とかね。福岡や燕三条で講演をしたことがあるのですが、やはり「東京化」しちゃダメなんです。それより、個々の地域性を大事にするべき。
福岡だったら食べ歩きの街なので、美食で有名なスペインのサン・セバスティアンをコンペティターにするとか、燕三条なら職人の街なので、イタリアのフィレンツェをコンペティターにするとか。ただし、日本人が誰も知らないような街をコンペティターにしたらダメ(笑)。
桜 日本でも地方それぞれが「海外の似た都市にあって、ここにはないものは何か」を考えていけばいいということですね。
中村 むしろいきなり東京を飛び越えちゃってほしい。東京を一回経由する必要すらない、と僕は思います。
中村貞裕(なかむら・さだひろ)
トランジットジェネラルオフィス代表取締役社長。1971年生まれ。
慶應義塾大学卒業後、伊勢丹を経て、2001年にトランジットジェネラルオフィスを設立。アパレルブランドとのカフェやレストランなど約90店舗を運営。
ニューヨークをはじめ世界で人気を集めるチョコレートブランド「MAX BRENNER」や、台湾発の新食感かき氷「ICE MONSTER」、モダンギリシャレストラン「THE APOLLO」などを日本に上陸させている。博多発祥、うどん居酒屋「二○加屋長介」を東京・中目黒に出店。その他、シェアオフィスやホテル、鉄道などのプロデュースを行い、常に話題のスポットを生み出している。著書に『中村貞裕式 ミーハー仕事術』。18年発表の「外食アワード 2017」受賞(外食事業者部門)。
(文/堀 香織)
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