第二十三回 加賀翔「おおあんごう」
関取花の 一冊読んでく?

ryomiyagi

2022/05/06

さあやってきました、5月です。ちょうどいい気温と湿度で大好きな時期でもあるのですが、やはり気になるのはいわゆる「五月病」というやつです。そういうものがあると聞いたからそんな気がするのか、実際にそうなのかはわかりませんが、個人的にはやはり毎年「あ、五月病入ってるな私」と感じることは多々あります。

 

最近だと、顔にできた小さなできもの一つにものすごく落ち込んでしまったり。赤くなっているわけでもないし、ちょちょいと化粧で隠せば全然目立たないようなものなのですが、これがあると思うだけでものすごくテンションが下がるんですね。毎日鏡を見てはため息をつき、早くどうにかしたいと思い自分で潰す。そうすると変に傷がついてしまって、よっぽど目立つようになる。そしてさらに落ち込む……という地獄の無限ループです(笑)わかっていてもやめられない感じも含めて、何かいつも以上に心がぐらついているなあと感じます。とはいえさすがにこのままではと思い、先日ついに人生初の皮膚科に行きました。もらった薬を塗ったらまあ不思議、一日であっさり消えました。やはり餅は餅屋、皮膚は皮膚科ですね。

 

そうそう、その日は自分の中でメンテナンスデイとして、夕方からの打ち合わせの前に病院を3カ所はしごしました。肌以外にも、30歳を過ぎてからは何かと疲れやストレスが身体の不調として出てくることが増え、こまめに病院に行くべきだなとひしひしと感じていたので、思いきってまとめて行ってきました。私は結構病院にはこだわる派で、それぞれ家から割と遠い場所にあるところに通っています。すべて違う沿線上にあり、一つの病院から次の病院に行くまでにも30分くらいはかかるので、なかなかタイミングがなく行けていなかったのですが、いざ行くとやはりいいものですね。

 

中でも職業柄一番お世話になっているのは、やはり耳鼻科です。とにかく少しでも不調があると感じれば、私はすぐに耳鼻科に行きます。今までもさまざまなお医者さんに診てもらったのですが、やはり相性ってあるもので、私は昔働いていたバイト先の会社から歩いて15分くらいのところにあるところに未だに通っています。特に大きい病院というわけではなく、いわゆる街のお医者さんですが、ここの先生と看護師の奥様が私はとにかく大好きなんです。

 

まず診療がどこよりも丁寧です。近々ライブの予定はあるのかとか、精神的に不安なことはあるのかと聞いてくれたりとか、ちゃんとカメラを入れて声帯のチェックをしてくれたりとか。声帯が少し浮腫んでいるとわかれば、スタジオでの個人練習の頻度とかも考えられるし、いろいろ逆算して自分自身もスケジュールや体調管理もしやすくなるんですよね。本当にありがたいです。

 

そしてなんと言っても、いつからか看護師の奥様が「花ちゃん」と言ってくれるようになったのが本当に嬉しくて、より好きになってしまいました。こういう距離感を嫌がる方も中にはいらっしゃるのかもしれませんが、少しでも体調に不安を感じて足を運んでいる時にこういうホッとする呼ばれ方をすると、私はなんだか急に元気が出てくるんです。この前はかなり久しぶりに行ったのでさすがに苗字で呼ばれるかなと思ったのですが、「花ちゃん!お久しぶりです」と言ってくれました。思わずテンションが上がり、小さくガッツポーズをしてしまいました。「どうしたの?」と言われたので「花ちゃんってまた呼んでくれて嬉しくて」と言ったら、看護師さんは大笑いしていました。季節の変わり目で不安定だった鼻と喉の調子も、その声を聞いた瞬間元に戻った気がしましたよ。

 

ということで、前回はこんな質問をみなさんにさせていただきました。

 

今月の質問:「最近テンションが上がった出来事はなんですか?」

 

憂鬱な気分になりやすい時期だからこそ、ちょっとしたことでも明るい話題をみんなで分け合えたらいいですよね。今回もたくさんのご回答、ありがとうございました。そんな中から今日はこちらをご紹介いたします。

 

お名前:だい
回答:リサイクルショップで300円で買った古いフィルムカメラの写真がちゃんと現像できたこと。大学時代の友人と何年振りかでできたお花見の様子が、ちょっとノスタルジックな感じで写真になっていてテンションが上がりました!

 

いいですねー! まず、リサイクルショップって無条件にテンション上がりますよね(笑)ちなみに我々ミュージシャンはHARD OFF が大好きです。とりあえずなんでもいいから行った記念に何か買いたくなってしまいます。私も先日特に理由もなくカリンバという楽器を買いました。

 

という話はさておき、実は私もだいさんと一緒で、リサイクルショップで買ったフィルムカメラを愛用しています。最初に入れたフィルムを現像するまではハラハラドキドキでしたが、いざ出来上がった写真を見たら感動しました。カメラって、その場の空気をそのまま写してくれる不思議な力があると思いませんか? なんというか、スマホに比べて人や物の無自覚な瞬間をより捉えてくれる気がするんです。多分一枚撮っては見返して何度も撮り直しするというのがないのがいいんでしょうね。お花見だったら揺れている枝や舞う花びらが少しぶれているくらいの写真の方が、あとから見返した時にその日の風の強さや匂いも思い出せそうです。そういう写真って、何度も撮り直した完璧に綺麗な写真よりも見返した時の懐かしさもきっとひとしおだろうし、なんだかいつまでもぼーっと見つめたくなっちゃいますよね。

 

さて、そんなだいさんにおすすめの本があります。加賀翔『おおあんごう』です。

 

『おおあんごう』
加賀翔/著
2021年、講談社

 

著者の加賀翔さんは、お笑い芸人「かが屋」の加賀さん。私自身お笑いというものには本当に昔から何度も救われてきていて、かが屋さんもテレビやYouTubeのオフィシャルチャンネルなどでコントを拝見させていただいては、日頃からたくさん元気をもらっています。そんなかが屋さんと、少し前にテレビで共演させていただく機会がありました。私はお仕事で誰かとご一緒させていただく時には、失礼なことがないようにとお会いする前に事前にその方の近況などを少し調べる癖があるのですが、その時に知ったのがこの『おおあんごう』でした。個人的に好きでこれまでも芸人さんの本はいろいろと読んできたのですが、そのほとんどがエッセイでした。でもこの『おおあんごう』は小説。とても気になったので手に取ったら、見事にやられてしまいました。

 

岡山の田舎町で粗暴な父に振り回されながら暮らす少年・草野大地は、たくさんのことを我慢し、父からの「このおおあんごうが!」というわけのわからない言葉を何度も飲み込みながら、日々を過ごしていました。そんなある日、たった一人の親友・伊勢と出会い、自分にとっては当たり前のそんな毎日のエピソードを話しているうちに、その苦しみは時に笑いにもなることに気づきます。心を乱され削られながらも、そのたびに小さな笑いを見つけ、一筋の光を追いかけて未来に向かって少しずつ歩み出す草野少年の姿が、夏の匂いと共に色鮮やかに描かれた一冊です。

 

おそらく自伝的小説ということになるのだと思いますが、それにしても驚いたのは細かな風景や仕草の描写です。行ったこともなければ見たこともないはずの場所の匂いや空気が、まるで手にとるようにわかる文章に、ぐいぐい引き込まれます。

 

「怖ぁないんじゃおらぁ!」
と、声を出さないように息で叫び、持ってきていた木の枝を振り回してしまう。大きな声を出すと怖がっていることがばれてしまうかもしれないという気持ちがあるのでできるだけ小さな声で叫ぶし、稲や草に当たると虫が飛んでくるような気がして恐ろしいため、木の枝はできるだけ縦に振る。田んぼの中は背の高い稲に囲まれているため風がない。じめじめと蒸している中を叫んだり枝を振り回したりしながら少しずつ進み、やっとの思いで田んぼを抜けるその瞬間ぼくは全身に風を感じる。蒸し暑く息苦しい世界から風のある世界に出るときの爽快感はたまらなく気持ちのよいものだった。

 

主人公の目線で進んでいく小説の場合、客観的に見て自分がどういう人間かということは、基本的にあらためて語られることはありません。だからこういったあらゆる部分の細かな描写でその主人公の性格や感情の揺れが表現されていくわけですが、この部分さえ読めば草野少年がどんな子なのか、まるで会ったことがあるようにすぐにわかりますよね。少し臆病で、いろいろ考えちゃうタイプで、でも心の中には確実に熱い何かを抱え込んでいて、ここではないどこかをずっと探し求めて歩いている。

 

無自覚な瞬間にこそその人の本質が現れるということを、この本を読んでいてあらためて強く感じました。それは草野少年だけに限りません。粗暴な父のそれでも憎みきれない部分も、優しさの中にある母の強い芯も、飄々とした伊勢の少し抜けた部分も、優しさも。

 

「いらっしゃいませー」
「おっす」
伊勢はぼくのバイトが終わる間際に来て漫画を立ち読みする。店長にも知られているのに堂々と立ち読みするので、人の目を気にしないというか肝が据わっているというかぼくにはない部分で羨ましく感じる。ぼくはレジのお金を数え、次のシフトの人に何がセールで肉まんを何時から温め始めたかなどを引き継ぐ。そして着替えて出てくると伊勢が缶コーヒーを二本買っていて一本をぼくにくれる。お笑いライブのある日、伊勢は必ず缶コーヒーを奢ってくれた。

 

こういう何気ないやりとりから感じられる人柄ってありますよね。伊勢の感じはもちろん、青年になったいつかの草野少年は、きちんと次のバイトさんに引き継ぎをするあたりからして、繊細で真面目な部分は残したまま大人になったんだろうなとか、いろんなことを考えました。

 
説明くさく多くを語らなくても、その場や人の雰囲気が一瞬で伝わってくるって、なんだか写真に近いものを感じます。著者の加賀さんは、言葉や動作のわずかな間から空気を切り取るのがものすごくお上手なんだと思います。これを書きながら思ったんですが、だからコントもきっとすごく面白いんですよね。そういう技術があるから、ないはずのセットをまるであるように見せたり、実際には会ったことのないキャラクターなのに「こういう人見たことある気がする」と思わせることができたりする。

 

ちなみに加賀さんは写真もとってもお好きみたいで、ご一緒させていただいた収録の際にもマイカメラで相方の賀屋さんをたくさん撮っていました。インスタグラムにあがった写真を見ると、実際にお会いした時に受けた、優しく穏やかでふと発する一言が絶妙に面白い賀屋さんのお人柄がそのまま伝わってくるようなものばかりで、なんだかとってもほっこりしました。

 

写真のようなノスタルジックさと、切り取られる一瞬の鮮やかさから物語が広がっていく素敵な一冊です。ぜひみなさんも読んでみてくださいね。

 

 

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次の更新は6月。雨の日は髪がちりちりしちゃうから何かと朝の準備に時間がかかるので、いやんなっちゃいますね。他にも雨の日って、良くも悪くも普段通りではないからこそいろんなハプニングも起こったりすると思います。ということで、次回に向けての質問はこちら!たくさんのメッセージお待ちしております。

 

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