なぜ人は自分をだますのか?
高橋昌一郎『<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!』

現代の高度情報化社会においては、あらゆる情報がネットやメディアに氾濫し、多くの個人が「情報に流されて自己を見失う」危機に直面している。デマやフェイクニュースに流されずに本質を見極めるためには、どうすればよいのか。そこで「自分で考える」ために大いに役立つのが、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」である。本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「思考力を鍛える」新書を選び抜いて紹介し解説する。

 

なぜ人は自分をだますのか?

 

菊池聡『「自分だまし」の心理学』(祥伝社新書)2008年

 

 

連載第9回で紹介した『騙し合いの戦争史』に続けて読んでいただきたいのが、『「自分だまし」の心理学』である。本書をご覧になれば、なぜ人は自分に都合がよいように情報を歪めて認識するのか、なぜ自分自身に嘘をつくのか、実は人は、常に無意識的な「自分だまし」を行っているというショッキングな事実が明らかになるだろう。

 

著者の菊池聡氏は、1963年生まれ。京都大学教育学部卒業後、同大学大学院博士課程修了。現在は信州大学人文学部教授。専門は認知心理学。とくにオカルトや疑似科学的な信念の成立と強化に影響を与える「認知バイアス」の研究で知られ、『人はなぜオカルトにひかれるのか』(平凡社)や『なぜ疑似科学を信じるのか』(化学同人)など著書・論文も多い。

 

「自己啓発」や「コミュニケーション技法」などのマスコミ活動で知られる明治大学の齋藤孝氏によれば、「成熟した大人の精神」は、(1) 現実から目を背けない、(2) 自分をよく知っている、(3) プレッシャーのかかる現場でも自分をコントロールする、(4) ストレスにも簡単につぶされない、(5) 客観的な視点を持つ、(6) 自分の軸をブレさせずに生きていく、といった「自己管理能力」に特徴付けられるという。

 

ところが、齋藤氏が推奨するような「健康な精神観」こそが、実は現代人を「うつ」のような「不健康」に陥らせる危険性を高めていると、菊池氏は指摘する。

 

人の「無意識のシステム」は、自己を肯定的に作り出すことを目指して働き、逆に自己を否定し不安定な状態に導くことを極力避けようとする。この「心の免疫システム」は、三種類の「イリュージョン」を生み出して外界の情報を歪めるが、それは必ずしも「不健康」ではなく、むしろ「ポジティブ」な態度だというのが菊池氏の見解である。

 

第一の「平均以上イリュージョン」は、自分自身を現実以上に肯定的にとらえようとする傾向である。たとえば「あなたは平均以上に誠実だと思いますか」という質問には「平均以上」に多くの人々がイエスと答えるが、もちろんそんな比率が数学的に成立するはずはない。それでも一般大衆の七割以上が、自分は「平均以上」に知能が高く、公平で、しかも自動車の運転が上手だと信じている。この現象は、人の評価に関わる多くの実験で確認されている。

 

第二の「コントロールイリュージョン」は、自分が外界の出来事をコントロールできると信じる傾向である。アメリカで宝クジを被験者に1ドルで買わせ、抽選の直前に被験者の言い値で買い戻す実験が行われた。1ドルと宝くじ1枚を機械的に交換したグループは1ドルのままだったが、宝クジの束の中から自分で選んだグループの宝クジには4倍以上の値が付けられた。つまり人は、自分で選んだクジは与えられたクジよりも当たりそうだと思っているのである。

 

第三の「楽観主義イリュージョン」は、自分の将来を現実以上に楽観視する傾向である。この現象は、人生のさまざまな出来事が将来に起こる確率を質問すると明らかになる。たとえば「離婚」や「アルコール依存症」のようなネガティブな出来事は他人の半分の確率でしか起こらないが、「好きな職業に就く」とか「持ち家を持つ」というポジティブな出来事は、他人の倍以上の確率で起こると予測する。自分は他人よりも幸福になると信じているのである。

 

ところが、日米中3カ国の高校生約3400名を対象にした調査では、「私は他人に劣らず価値のある人間だ」に肯定的に答えた高校生は、アメリカ89%、中国96%、日本38%、「私は人並みの能力がある」は、アメリカ91%、中国94%、日本58%、逆に「私にはあまり誇りに思えるようなことはない」は、アメリカ24%、中国23%、日本53%だった。

 

この調査から、お馴染みの「日本の若者は自信がない」とか「不健康」だと結論付けるのは短絡的すぎる、というのが菊池氏の立場である。アメリカと中国の高校生が「自信過剰」で「自制や謙虚な姿勢が少ない」のに対して、日本の高校生は、むしろ自分の弱点を「肯定的」に受け入れて自己の向上を目指しているのではないか、と考えるわけである。

 

認知心理学の長年の研究は、人はその心のうちに「だまし――だまされる」システム群を持っていることを明らかにしてきました。実は、今この瞬間も、あなたは「だまされて」います。なぜならば、だまされている方が、よりよく生きていくために都合がいいからです。いや、だまされていなければ、この世界を適切に認識することすらできなくなるのです。(P.9)

 

人は自分に都合がよく物事を考えるわけだが、そのイリュージョンのおかげで「落ち込み」や本格的な「うつ」から守られていることを理解するためにも、『「自分だまし」の心理学』は必読である!

<デマに流されないために> 哲学者が選ぶ「思考力を鍛える」新書!

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)

國學院大學教授。専門は論理学・哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』(講談社現代新書)、『反オカルト論』(光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など。情報文化研究所所長、JAPAN SKEPTICS副会長。
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