ryomiyagi
2020/09/01
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2020/09/01
川合伸幸『ヒトの本性』(講談社現代新書)2015年
連載第48回で紹介した『法医学現場の真相』に続けて読んでいただきたいのが、『ヒトの本性――なぜ殺し、なぜ助け合うのか』である。本書をご覧になれば、なぜヒトだけが仲間を殺すのか、なぜヒトだけが仲間の気持ちをわかるのか、そもそもヒトとはどのような生物なのか、明らかになってくるだろう。
著者の川合伸幸氏は、1966年生まれ。関西学院大学文学部卒業後、同大学大学院文学研究科修了。京都大学霊長類研究所研究員などを経て、現在は名古屋大学教授。専門は認知科学・実験心理学。とくに霊長類の認知やヒトの感情に関する研究で知られ、『心の輪郭』(北大路書房)や『凶暴老人』(小学館)などの著書がある。
さて、これまでに判明した「最古の殺人事件」は、約43万年前に起きている! 2015年、スペインの洞窟から出土したヒト属の頭蓋骨を現代の検死方法で調査したところ、左目上部に骨を貫通する傷が2カ所あった。この被害者は、おそらく石器か槍のような尖った武器で襲われ、それが致命傷で死亡したと考えられるという。
「同じ種族を殺すのはヒトしかいない」という事実は、よく知られている。例外として、ピラミッドのような階層で生活するサルの集団で、ボスザルがその地位を奪われると、そのボスザルの子どもすべてが殺されるという事例がある。動物行動学において、その理由は、新しいボスザルが自分の遺伝子だけを残すため、古いボスザルの遺伝子を消滅させる本能的行動と解釈されている。
源頼朝は、弟の義経を討伐し、静御前の産んだ幼子を海に流した。豊臣秀吉は、秀頼が生まれると、邪魔になった秀次から関白の地位を奪い返し、切腹させた。どちらも、後の代々の支配に禍根を残さないように、災いの元を断ち切った行動である。
「一族郎党皆殺し」といえば、清時代まで続いた中国の「族誅」が凄まじい。封建制度の自家支配の根幹を揺るがす「謀反」に対しては、「三族」(父母・妻子・親族)や「九族」(高祖父・曾祖父・祖父・父・子・孫・曾孫・玄孫・親族)まで、全員殺された。遺族の復讐を阻止し、連帯責任を負わせて、見せしめにするためである。
動物行動学を創始したコンラート・ローレンツは、動物は「攻撃」と同時に「抑制」のメカニズムも進化させたと述べている。同族で争うことがあっても、自分も相手も致命傷を負わないようにするのが「儀礼的闘争」である。たとえば、ゴリラは自分の胸を打ち鳴らす「ドラミング」で相手を威嚇し、お互いに身構えて大きく口を開けて歯を見せ合うが、実際にどちらも相手に噛みつくようなことはないという。
ところが、知能に優れた人間は武器を発明し、それに見合うだけの「抑制」のメカニズムを進化させないままに「攻撃」行動を拡大させてしまった。たしかに、ローレンツの著書『攻撃』を読むと、たった一発で10万人を死傷させる原子爆弾を発明し投下した人間の方が、よほどゴリラよりも残虐な生物に思えてくる。
一方、本書には、ローレンツの見解に反して、ヒトも攻撃性を抑制するように進化したというハーバード大学の人類学者リチャード・ランガムの「自己家畜化仮説」が登場する。人類の祖先は、非常に攻撃的なヒトを集団から放逐して、攻撃性の低いヒトだけが子孫を残してきた。つまり、ヒトは「自分たちをおとなしい家畜のように品種改良してきた」から、そこまで残虐でないだろうと考えるわけである。
実際に、ヒトは生まれながらに仲間に共感するという実験結果もある。生後6カ月の赤ちゃんにマンガを見せると、主人公を邪魔するキャラクターではなく、助けるキャラクターを選択する(赤ちゃんが好きな対象に手を伸ばす性質を応用)という。
人間は生まれてからの経験によって、思考や認知が大きく変容するので、環境の要因によって暴力的になることもあるかもしれません。また、遺伝子の変異や神経系の構造によって攻撃的な気質を持つ人もいます。しかし、人類全体で考えたときには、ヒトという生き物は、進化の過程で「善」を選択してきたからこそ、大きな集団を維持しつつも生活を向上させながら暮らしてこられたのではないでしょうか。(P.211)
ヒトの進化の根源に位置する「攻撃」と「抑制」、そこから現代社会の「善」と「悪」の意味を考えるためにも、『ヒトの本性』は必読である!
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