akane
2019/07/29
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2019/07/29
脚本家・映画研究家の大野裕之さんと声優・羽佐間道夫さんが、スターたちの肉声から「声優」の歴史に迫っていく「創声記」インタビュー。中尾隆聖さんとの第3回では、洋画の吹き替えのお話から、31年続いているばいきんまん役について伺いました。ばいきんまんの声が出来上がったウラには、NHKのあのキャラクターの存在が大きかったそうです。 (全4回)
――ところで、外画の吹き替えとアニメの声優さんというのは、やり方としてどんなふうに違うものなんでしょうか。
中尾 基本的には同じですが、考え方としては全然違いますね。声優は、本質的にはせりふを合わせるんじゃなく、息を合わせると思ってます。吹き替えだと、せりふを合わせるんじゃなく、その役者の持ってる息を合わせるわけです。
だから、洋画の場合は画面で人が動いているので、息はわかりやすいじゃないですか。たとえば走っている息、動く息、止まるブレスとかね。でも、アニメの息を見るのはなかなか大変ですよね。
そういう意味で、ちょっとかっこいい言い方をすると、声優の仕事って息を入れることじゃないでしょうか。だから、アニメのほうが私はちょっと難しいような気がします。
――アニメは、キャラクターの息を自分で生み出さなきゃいけないところがあるんですね。
中尾 そうですね。
羽佐間 『アンパンマン』は収録の時に、絵はできてるの?
中尾 最近はないんですよ。昔は一〇〇%あったんですが。
羽佐間 遠近法なんかはどうするのよ。
中尾 それが一番困るんですね。
羽佐間 「おーい!」とせりふが書いているので、「オーイ!」と大声で言ったら、絵が完成すると実は相手が横にいた、というようなことがあるわけ。
中尾 だから台本のセリフの上の、カット割りのところを見ます。そうするとロングなのか、ツーショットなのか、引きなのかがわかりますから。
羽佐間 アテレコは、背景の音楽も入っているから、感情が乗りやすいよね。アニメは音楽もないし、最近は絵もない。それで隆聖が全部いろんなことをやってかなきゃいけない。
中尾 そういうところがアニメのほうがちょっと難しい。
――それぞれ別なやり甲斐もあるんでしょうね。
中尾 そうですね。いろんな作り方があるところに、アニメの面白さがある。でも洋画の吹き替えで、先輩たちみたいに向こうの役者さんを超えるような仕事もしたいですね。この役者、もともとの声で聞いたら全然つまんねえじゃん、吹き替えのほうがいいじゃん、という役者がもっといっぱいいたわけです。
――そうですね。
中尾 それはすごいことですよね。声優冥利ですよね。羽佐間さんの吹き替えなんかそうですよ。
羽佐間 でも、画面に出てる向こうの役者が、こっちで吹き替えている声優を泣かせるということがあるんだよね。その泣かせる絵の感情に、自分も同化して、泣いていく、そうやって作っていくということがありますね。
で、吹き替えが難しいのは、その次のシーンで、すぐ笑わなきゃいけない時。まだ気持ちは泣いてるのに、すぐ笑わなきゃいけない。そういう難しさがありますよね。
――映画俳優は何カ月もかけて撮ってる。でも、声優はそれを一瞬で切り替えて、感情を乗せて言わなきゃいけないわけですね。
羽佐間 そう、声優は感情の持続はできない。
――中尾さんは、オリジナルの俳優よりも自分は超えられたんじゃないかと思われるものは?
中尾 ありません(笑)。
――とくに洋画でお好きなお役は。
中尾 いっぱいありますね。ゲーリー・オールドマンとか。
羽佐間 サミー・デイビス・ジュニアはやってないんだっけ?
中尾 サミー・デイビスはやってないんですよ。大好きなんですけどね。
羽佐間 隆聖は歌がうまいから、サミー・デイビスなんか隆聖の声のイメージがあるよね。
――アニメのお役でもたくさんの当たり役がありますね。
中尾 いや、たまたま長くやらせていただいた番組に当たったんで、こうしてやらせていただいていますけれども、最初からそんなふうになると思っていませんから。
――たとえば、ばいきんまんは。
中尾 あれも苦肉の策で出来た声ですね。八八年に始まったんですけど、その当時、八一年からNHKの『おかあさんといっしょ』という子ども番組で、「ぽろり」という役を8年ぐらいしてたんです。で、オーディションを受けたときに聞いたら、視聴者層も曜日もどんかぶりだったんですね。だから、同じ声は絶対使えないと思って、たまたまあんな声を作って、オーディションを受けたら、「ああ、面白いですね。もっとつぶしてください」って言われて(笑)。それで、受かっちゃったんです。
――そうすると、そのつぶしたお声でいま31年ぐらい。
中尾 半年ぐらいで終わるかなと思ってたら、もう31年ですからね。ずいぶん慣れてはきましたけど。最初はもう、『アンパンマン』をやると、その日は何も仕事にならないぐらい喉を潰しました。次の日は朝から、今度はNHKのぽろりの録りがあったんで、それまでに治しておかなきゃいけない。
羽佐間 あなた、もう、浪花節しか使えないよ。
中尾 そう、浪花節とか、昔で言えば、バナナの叩き売りみたいな声ですよね。
羽佐間 ちょっとない、ユニークな声なんだよね。隆聖の声はほんとに、ちょっとしびれるというか。人間じゃないんだね(笑)。
中尾 人間はあんまりやってないもんですからねえ。宇宙人はやってますけど(笑)。
羽佐間 ばいきんまんは何なの?
中尾 あれはばい菌ですね(笑)。
羽佐間 菌か。
中尾 アンパンマンという主役から見て、反対のものですよね。アンパンマンは正義の味方で、ばいきんまんは敵です。でも、アンパンマンの世界には、ばいきんまんがいないとダメなんです。アンパンのなかにも菌は入ってるわけですよ。たぶん、やなせ先生のお考えにはそういうものがきっとあるんじゃないかと思っています。
オーディションのときにやなせ先生に、「君がやらなかったら私がやろうと思っていたんだ」と言われて、えっ、そうなんですかとかって言った思い出があります(笑)。
――それだけ大事なお役なんですね。
中尾 でも、いまオーディションをしてたら、山寺(宏一)が受かってる(笑)。でも、戸田恵子さんが言ってるんですよ、天下の山寺をイヌで使ってるのはうちの番組だけだよって(笑)。
羽佐間 山寺は動物の声も好きだから。
中尾 耳がいいですから。ほんと、天才的ですよね。
――ばいきんまんって悪役っぽいですけど、すごい発明もできるような…。
中尾 そう。頭はいいんですよ。
――あの憎みきれないキャラクターをどう作られたのでしょうか。
中尾 ちっちゃい子に嫌がられたり、怖がられたりするのはいやですよね。悪役は悪役でいいけど。どんなきついことを言っても、嫌悪感だけは持たれないように言い方を工夫しました。
まあ、でも、いわばパシリですからね、ドキンちゃんの(笑)。「食べたーい。何かもってこーい」と言われちゃうほうですからね(笑)。そういうところがたぶん、ちっちゃい子たちに面白がられてるのかもしれないですね。
(第4回に続きます!)
中尾隆聖(なかお・りゅうせい)
2月5日生まれ。東京都出身。主な出演作に『それいけ!アンパンマン』のばいきんまん、『ドラゴンボール』シリーズのフリーザ、『ONE PIECE』のシーザー・クラウンなど。
【大野裕之】
脚本家・日本チャップリン協会会長
チャップリン家の信頼もあつく、国内外のチャップリン公式版Blu-rayを監修。羽佐間道夫氏発案の「声優口演ライブ」の台本を担当する。著書『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)で2015年第37回サントリー学芸賞受賞。映画脚本家としては、2014年『太秦ライムライト』で第18回ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞受賞。
【羽佐間道夫】
1933年生。舞台芸術学院卒。劇団中芸を経て、『ホパロング・キャシディ』で声優デビュー。以来、声優の草分けの一人として数多くの名演を披露。代表作に、シルヴェスター・スタローンを吹き替えた『ロッキー』シリーズほか、チャールズ・チャップリンの『ライムライト』、ディーン・マーティン、ポール・ニューマン、ピーター・セラーズ、アル・パチーノの吹き替えなど多数。2008年、第2回声優アワード功労賞受賞。
写真= 大場千里/光文社
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