羽佐間道夫が語るロッキーの役作りと声優に必要なこと(#6)著:大野裕之
大野裕之『創声記-日本を話芸で支える声優たち-』

スター声優たちの肉声から声優の歴史に迫る「創声記」インタビュー。羽佐間道夫さんが語る第6回は羽佐間さんの代表作に迫ります。伝説的なアドリブで名高い「俺がハマーだ」、そして「ロッキー」のシルヴェスター・スタローン演じるロッキー・バルボアの役作りの秘密。これらから見えてくる「声優」の基礎を作るものとは一体? 聞き手は脚本家・映画研究家の大野裕之さんです。

 

 

「俺はハマーだ」と「俺は羽佐間だぁ」が生んだ伝説

 

ーー羽佐間道夫さんにはたくさんの代表作がありますが、「俺がハマーだ」の主人公を演じた時のアドリブはもはや伝説的です。

 

羽佐間 今の声優第四世代くらいかな、「俺がハマーだ」を見て声優を志したと言ってくれる人も多いね。関根勤さんが、「ハマーはアテレコじゃなくて、本当に日本語を喋ってるのかなと思った」って言ってくれたんだけど、確かにリアルさを追求してもうほとんどアドリブだったね。あれは、ずば抜けて面白い番組だった。やっぱり、内海賢二さんと、小宮和枝さんとの三人の絡みが楽しかったね。あそこから、なんか内海さんのキレ芸が始まったというか。
「特攻野郎Aチーム」もそうだけど、B級ドラマだったからこそ、自由にできた。「Aチーム」は金かかってるけど、「ハマー」は金もかかってない。

 

ーースタッフも最初から「遊んでやれ」って感じだったんですか?

 

羽佐間 いや、ものすごい抵抗はあったみたいです。最初、冗談で「俺はハマーだ」と言わずに「俺は羽佐間だぁ」って言ってひんしゅく買いました。翻訳者が「羽佐間が全部壊してしまう。書いたものを忠実に喋ってくれ」と怒ってた。でも、こないだ翻訳の平田勝茂氏にあったら、「面白かったね、あの頃は」って懐かしがってくれました。

 

 

ロッキー・バルボアは「浄瑠璃」から作られた!?

 

ーーそして何と言っても、羽佐間道夫さんの代表作の一本としてまっさきに上がるのは、「ロッキー」でしょう。

 

羽佐間 実は、最初、「ロッキー」がなんで俺に来たのかってが本当に悩みました。ああいう獣みたいな声出来るやつって、いっぱいいたんです。だから、その人たちがやるべきではないか、と。でも、TBSの熊谷さんがいて、「羽佐間は、いろんなことやれるはずだから、いろんなことやらせちゃえ」というわけで、「ロッキー」から、マルチェロ・マストロヤンニまで、この人がものすごい無茶ぶりしたんです。彼に僕は育てられましたね。それこそ、「ハマー」みたいな軽薄な男をやったやつが、いきなり「ロッキー」だからね。

 

ーーその時の役作りについて、お聞かせください。

 

羽佐間 僕は人間国宝の竹本駒之助さんという女義太夫に義太夫を習った事があるんです。神社での素人浄瑠璃コンクールに出演したりしてました。「ポパイ」のオリーブをやっていた京田尚子と一緒に。
浄瑠璃を訓練してると、それまで出なかった低い声が強くなってくる。それで、江の島の海岸で海に向かって浄瑠璃を唸って、ロッキーの声を作りました。
で、ある時に、駒之助さんの師匠である竹本越路大夫さんに稽古をつけてもらう機会があったんです。
「壺坂霊験記」の沢市は盲目の役です。彼が、夜中に妻が帰ってきたかどうか聞く、「お里か?」という台詞がありますね。そこをやったら、越路大夫さんが、「羽佐間さん、沢市は目ぇ見えへんさかいに、口から『お里か』っていうのにはなりまへん。『お里か』って、耳から行きまんねん」っておっしゃるんです。「口で言うのと、耳で言うのは、発声が違いまんねん」って言われて、僕は参りましたね。
今まで新劇で、「お前、脚本ちゃんと読んできた?その当時のフランスの革命の本を調べた?」なんて言われても、ちっともうまくならないのに、越路大夫師匠の指導はもっと感覚の本質を突いているんです。
「俊寛」の千鳥をやった時も、「千鳥は乙女やさかいに。内股で歩きます。羽佐間さんの声は外股で歩いてます」って。そういう指導をしてくれた人はいない。その指導で自然に声が出てくるんです。豊竹嶋大夫さんにもたくさん習いました。

 

ーー当時、羽佐間道夫さんも四十歳を過ぎて、確固たる位置を占められていましたが…。

 

羽佐間 いやいや、やっぱり、完全に壁にぶち当たっていたと思うんですね、その時に。だけど、越路大夫さんのおかげで、目が開いたことありますよ。

 

ーー沢市じゃないけど(笑)。

 

羽佐間 そう。やっぱり、リアリズムって、こういうことなんだと思ってね。それまで、新劇で、リアリズムとはああだこうだと、散々いろんなことやってたけど、何の役にも立たなかった。もうちょっと早く、三十歳とかで会っていればよかったなぁ。

 

まずは「聞かせてください」から

 

ーーその後、一九九五年くらいから、何度目かの声優ブーム、とくにアニメの声優のブームが起きてますよね。若い声優さんの歌がヒットしたりしました。

 

羽佐間 僕の持論として、歌って踊れなきゃ役者じゃないと思ってました。だから、戸田恵子のようななんでもできる人があらわれた時はすごいなあと思いました。自分がそこに及ばないから。やっぱり、次世代のやつらはすごいなぁって。中尾隆聖なんかも、本当に素晴らしい歌を歌う。だから、我々よりははるかに違った技術を身に付けてきたなぁって。
その代わり、今の人は小唄、長唄、浄瑠璃が全然分からない。それはもったいないね。
僕は、アニメの現場で若い人と一緒になると、新しい世代の声を聞くのが好きですよ。やっぱり、生涯聞くことなんです。そして、自分の引き出しのなかにしまっておきます。でも、若い人は、僕の芝居の時ね、外に出ていっちゃうけどね(笑)。じっと聞いているのは、山寺宏一だね。「聞かせてください」って言って、外に出ない。だから、あいつは、少し何かあったら盗んでやろうっていう、そういう精神がすごくあるやつだと思うな。

 

ーー声優とは、まず聞くことから始まるんですね。

 

羽佐間 聞くことが基本。聞いて模倣から始まってもいい。みんな模倣がうまいんです。野沢雅子が「あらいぐまラスカル」の時に、アライグマってどんな声出すのかなと思って、ずーっと動物園で一日待ってたんだって。でも、アライグマは声出してくれない(笑)。それで、帰ろうと思った時、「キッ」って言ったんだって。それを、「あ、これだ」と思って、ずっとその声をした。

 

(第7回に続きます)

 

羽佐間道夫(はざま・みちお)
1933年生。舞台芸術学院卒。劇団中芸を経て、『ホパロング・キャシディ』で声優デビュー。以来、声優の草分けの一人として数多くの名演を披露。代表作に、シルヴェスター・スタローンを吹き替えた『ロッキー』シリーズほか、チャールズ・チャップリンの『ライムライト』、ディーン・マーティン、ポール・ニューマン、ピーター・セラーズ、アル・パチーノの吹き替えなど多数。2008年、第2回声優アワード功労賞受賞。

 

創声記_羽佐間道夫編

著:大野裕之

脚本家・日本チャップリン協会会長
チャップリン家の信頼もあつく、国内外のチャップリン公式版Blu-rayを監修。羽佐間道夫氏発案の「声優口演ライブ」の台本を担当する。著書『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)で2015年第37回サントリー学芸賞受賞。映画脚本家としては、2014年『太秦ライムライト』で第18回ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞受賞。

写真= 髙橋智英/光文社
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