トランプの反移民政策を読み解くキーワード「聖域都市」とは?(後編)
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(前編はこちら)

 

 

6月上旬、まずテキサス州の州都オースティンに入った。聖域都市禁止法の差し止めを求める急先鋒のスティーブ・アドラー市長(61)に会うためだ。

 

市庁舎2階の執務室で向き合うと、スティーブは開口一番、こう言った。「市の移民対策は、連邦政府や州が考えることではないのだよ。現場のことは、現場に任せてほしいのだ」

 

オースティン市長のスティーブ・アドラー

 

オースティンは聖域都市を公言してはいないが、ICEへの協力を控え、独自の判断で不法移民の保護対策を進めている。

 

スティーブはその理由として、「メキシコと国境を接するテキサス州の都市部は、メキシコ人らヒスパニック系を中心に多様な人種が共存する。そういう人たちへの対応、つまり、市の治安維持や移民対策は、地元をよく知る市の仕事なのだ。連邦政府の命令で動くICEには無理だ」と説明する。

 

不法移民を拘束し、国外に追放するなどの権限を持つICEは、不法移民対策を強硬に訴えるトランプ政権の「実動部隊」としてこれまでにない注目を集めるようになった。実際、全米各地で取り締まりを強化している。

 

ICEとは、Immigration and Customs Enforcement の略称で、国境や税関・貿易、入国管理に関し、国土の安全保障と公共の安全を目的に、法律に基づく捜査などを執行する国土安全保障省の機関だ。2003年に発足し、国内外に400以上の事務所があり、2万人以上の職員が働いている。

 

スティーブは、市の治安維持の観点から最も大事なのは「市当局と不法移民との間で築かれた信頼関係」だと強調した。不法移民との信頼関係? どういうことなのか。不法移民は市当局に取り締まられる立場ではないのか。

 

スティーブはこう説明した。「市当局が不法移民を強制的に取り締まれば、不法移民は摘発を逃れようと地下に潜り、治安が不安定化する恐れがある。しかし、重大な罪を犯さない限り存在を認めるようにすれば、事件の目撃通報などで当局に協力するようになり、結果として治安も安定するのだ」不法移民が身分を問われず摘発もされないことが、地域の治安維持につながるという説明だが、わかるような、わからないような……。

 

とはいえ、ICEが介入すれば、摘発されないわけにはいかないだろう。「そうだ。地域の事情を無視し、情け無用に不法移民を拘束し、強制送還すれば、地域の治安維持は損なわれる。とにかく、ICEも、州が施行する聖域都市禁止法も、市政への干渉でしかない。地元当局と不法移民の信頼関係にひびを入れるだけだ」

 

オースティンは5月、禁止法の施行差し止めを求めて提訴した。これに対し、州は市に禁止法に従うよう求め反訴した。激しい司法闘争は、スティーブをさらに燃え上がらせているようだ。

 

「トランプにいい顔をしたいがために連邦政府の力を借り不法移民の取り締まりを強化しようとする州のいいなりになど、なるつもりはない。不法移民との間に壁を築くのではなく、『橋』をかけたい。それが私の信条だ」

 

スティーブの熱い語りは、市長としての責任感の強さを示していた。こうした聖域都市政策に理解のある首長らを、不法移民の保護や支援に取り組んでいる市井の人たちが頼りにしている。その1人、牧師のバブズ・ミラー(74)に会うため、オースティン中心部の市庁舎を出て、車で郊外にある教会へと向かった。

 

礼拝堂をのぞくとバブズが1人で座っていた。そのまま礼拝堂で話を聞くことになった。十字架を背に座り直したバブズは、ため息混じりに言った。「私は困っている人間を守り続けます。それだけです」。バブズの言う「困っている人間」とは、中米グアテマラから来た不法移民のヒルダ・ラミレス(29)と長男(11)のことだ。教会でかくまって1年以上が過ぎたという。

 

 

オースティンの教会で親子をかくまうバブズ・ミラー

 

ラミレス親子は2016年春、強制送還を恐れて教会に駆け込んだ。神聖な教会に当局が踏み込むことはないと考えたからだが、トランプ政権発足後は何が起きてもおかしくない状況だ。その上、聖域都市禁止法が施行されれば、ICEが市当局と共に乗り込んでくるかもしれない。バブズのいる教会や他の非営利団体など計25の組織で構成する「聖域ネットワーク」は、300人以上のボランティアと共にICEの「非人道的な」行為の阻止に取り組んでいるという。バブズは言う。「ICEはメディアや市民への露出を嫌う。だから、とにかく騒ぎ立て、仕事をやりにくくするのが戦術の基本です」

 

やり方はこうだ。

 

ネットワークメンバーと不法移民との間で緊急ホットラインを共有し、ICEが不法移民の滞在先に現れたという情報が入ると、動けるメンバーが現場に急行する。現場ではまず、不法移民を保護する。その上で、ICEの捜査員に対し、裁判所が発行した正式な捜索令状の提示を求める。

 

「不法移民が理解できないと考え、幹部がサインしただけの書類で強引に踏み込むのがICEの常とう手段です。そこを指摘するのです」

 

指摘どおりの場合、ICEには撤収してもらう。ただ、現場への到着が遅れ、不法移民がすでに連れ出されてしまっていることもある。その場合、ICEが令状を請求する裁判所に先回りし、ICEと不法移民を待ちかまえるという。

 

オースティンではトランプ政権発足後の2017年2月、ICEの大規模な捜索で50人以上の不法移民が拘束された。ネットワークも対抗措置を強化し、ICEの動向に目を光らせる。

 

「こうした攻防が本当に増えて、日常になった」

 

 

この記事は『ルポ 不法移民とトランプの闘い』(光文社新書)より一部を抜粋、再構成してお届けしました。

 

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