乱歩先生、怒らないで『焼跡の二十面相』辻真先
ピックアップ

ぼくのミステリの原点は、「少年倶樂部」の昭和12年2月号である。それまで年相応に(ぼくは昭和7年生まれ)おなじ大日本雄辯會講談社発行の「幼年倶樂部」を購読していたが、幼い癖になんでもかんでも読みあさっていたので、出来心でつい「少倶」を手にとった。書店の店先である。ぼくの家はすぐ裏手のおでん屋だったから、一軒ずつあった新刊書店と古書店は、ガキの立ち読みを大目に見てくれていた。

 

するとぼくは、それっきり店先に根を生やした。

 

それが第2作にあたる「少年探偵団」の連載第2回であった。

 

江戸川乱歩(えどがわらんぽ)の怪人二十面相シリーズは、前年から連載が開始されていたのだが、不覚にもぼくは気づかなかった。だから物語の設定をよく知らなかったのだが、アアなんと不気味で面白い小説だろうと、いっぺんにのめり込んでしまった。挿絵は前年と違って梁川剛一(やながわごういち)が担当していたが、これが初見のぼくだから、明智(あけち)探偵も小林(こばやし)少年も彼の絵に限ると思い定めた。ただちに隣の古書店へ行き、前月号の「少倶」を立ち読みした。やはり面白い。

 

またあわてて新刊書店に引き返し単行本化されたばかりの第一作『怪人二十面相』を立ち読みした。ヒヤァなんたる面白さ。ぼくは乱歩先生に心臓を鷲掴(わしづか)みにされて、翌月から発売日を待ちかねて「少倶」を立ち読みする(買うのではない)ことにした。第三作「妖怪博士」ももちろんであった。その後、昭和14年にいたっておなじシリーズを装いながら、二十面相はなぜか登場しなかった。大陸に戦火がつづいて政府が講談社に干渉したのだと、戦後になって知ったぼくは悔しかった。次に二十面相が登場するのは昭和24年なのだ。だがあの怪人のことだ、たとえ日本は敗れてもきっとどこかで活躍したに違いない! そんなわけでぼくは無謀にも、知られざる二十面相と小林くんの冒険譚を書いたのです(乱歩先生ごめんなさい。でも読んでください)。

 

『焼跡の二十面相』
辻真先/著

 

1945年8月15日、日本敗戦。明智小五郎は応召して不在。ふたたび動き出した怪人二十面相が出した犯行予告は、軍需産業の首魁・四谷剛太郎に向けたものだったーー。昭和を代表するダーク・ヒーローが、焼け焦げた帝都を暗躍する。痛快冒険探偵小説!

 

PROFILE
つじ・まさき
1932年、愛知県生まれ。’82年、『アリスの国の殺人』で日本推理作家協会賞を受賞。2009年、『完全恋愛』で本格ミステリ大賞を受賞。近著は『深夜の博覧会』。

小説宝石

小説宝石 最新刊
伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本が好き!」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。
【定期購読のお申し込みは↓】
http://kobunsha-shop.com/shop/item_detail?category_id=102942&item_id=357939
関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を