人類が、うまく人間関係を維持していける集団の人数は150人?
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「150人」に適した脳

 

2016年のアメリカ大統領選挙の最中、異端のトランプ氏が大躍進した「トランプ現象」を人類進化の観点から読み解こうとする研究が注目を集めていました。

 

長く狩猟採集生活をしてきた人類は、現代社会で暮らす膨大な数の人間をまとめるのがまだ苦手で、これがトランプ現象の背景にあるというのです。その分析からは、「理性的になりきれない」私たちの心も垣間見えてきます。

 

では、人類は何人ぐらいの集団であればお互いの関係をうまく築いてまとまりを保てるのでしょうか。そのことから考えてみましょう。

 

英国の人類学者ロビン・ダンバー博士は1990年代、人類がうまく人間関係を維持していける集団の人数は150人とする研究成果を発表しました。

 

ダンバー博士は、脳に占める「大脳新皮質」と呼ばれる部分の割合に注目します。

 

大脳新皮質は人類になって特に発達した部分で、思考や学習、言語などにかかわる高度な情報を扱っています。いろいろな種類のサルについて、集団の個体数と大脳新皮質の割合との関係を調べたところ、大脳新皮質の割合が増えれば集団の個体数も一定の割合で増えることがわかりました。

 

その関係を人類にあてはめると、人類の集団の人数は150人になりました。

 

この「150」という数字は別の調査からも支持されました。

 

ダンバー博士によると、アフリカなどの狩猟採集生活の集団の人数も、ばらつきはあるものの150人前後が多かったそうです。

 

また、米国のキリスト教の教会に集う人たちの数が150人だったり、英国人がクリスマスカードを送る相手が125~150人だったりすることを明らかにした研究もあります。

 

つまり、意外なところで「150」という数に出くわすわけです。

 

できすぎているような気もしますが、本当のようです。

 

こうした研究をもとに、多くの研究者は「狩猟採集をしていたころの私たちの祖先は150人以下の集団で暮らしていた」と考えています。

 

断片的な化石から集団の人数を特定することは難しく推定の域を出ませんが、農耕を始めて社会が複雑になりはじめる約1万年前まで、人類の脳は150人以下の少人数での暮らしに適応して進化してきた可能性があるということです。

 

人類進化の観点からトランプ現象を読み解く

 

では、少人数での暮らしに適応した脳と、トランプ現象はどう関係するのでしょうか。

 

2016年2月、人間の本能と政治との関係を分析した本を出版して米メディアで注目されていたジャーナリスト、リック・シェンクマン氏に話を聞くと、次のように切り出しました。

 

「少人数の集団で進化してきた人類の脳は、数百万人を超える集団をまとめる民主主義の政治にまだ適応してきれていないのです。そんな人間の本能をトランプ氏は巧みに利用したのです」

 

シェンクマン氏は、数百万年にわたって小さな集団で暮らした野生の生活では、「恐れ」と「怒り」が重要な役割を果たしていたと考えています。野生動物に襲われる危険と隣り合わせの生活では「恐れ」が重要でしたし、小さな集団をまとめたり敵と戦ったりする時には「怒り」が大きな力になりました。

 

そして、この「恐れ」と「怒り」の本能は、現代の私たちの脳にもしっかりと受け継がれているようです。

 

「怒り」が人々の感情を鼓舞してグループの一体感を生み出す効果は、大統領選でトランプ氏を支持する人たちの集会を見ていると実感できたと、『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)を上梓した三井誠さんは述べています。三井さんは2015年から2018年にかけて、米ワシントン特派員として大統領選挙や科学コミュニケーションなどを取材しました。

 

トランプ氏が大統領選で、「(対立候補の)ヒラリーは犯罪者だ」と訴えると、会場のトランプ氏の支持者は「閉じこめろ(lock her up)」と連呼し、その場を怒りの熱狂で包み込みました。

 

トランプ氏を支持する白人たちは、「仕事を奪った」「犯罪の温床だ」といった理由でメキシコからの不法移民に「怒り」を感じ、世界中で起きるイスラム過激派のテロ事件に「恐れ」を抱いていました。こうした人たちの本能に、「メキシコ国境に壁を作る」「イスラム教徒の入国を禁止する」といったトランプ氏の主張が響いたのです。トランプ氏は人々の怒りや恐れを呼び起こし、自らの支持につなげました。それらの政策が実現できるかどうかは二の次でした。

 

トランプ氏はこうした怒りや恐れに加え、単純なメッセージもひんぱんに使いました。

 

例えば、トランプ氏は、オバマ前大統領が導入した医療保険制度「オバマケア」を撤廃し、新制度を作ると宣言します。そして集会のたびに「撤廃し、置き換える(repeal and replace)」と訴えました。単純なメッセージを繰り返すだけで具体策は示さず、「俺を信じろ(believe me)」と言うばかりでした。

 

複雑な医療保険制度をどうしようとしているのか、専門家は批判していましたが、単純なメッセージは支持者に響きました。シェンクマン氏は「私たちの脳は、医療保険制度など数百万人規模の複雑なことをちゃんと想像できず、すぐに解決できるかのような単純なメッセージに惹かれてしまうのです」と指摘しました。

 

これも、少人数の集団で進化してきた、私たちの脳の限界なのでしょう。

 

「怒り」と「恐れ」、そして、単純なメッセージで支持者の心をつかんだトランプ大統領――。「現代の米国政治の機能不全を象徴するものです」。シェンクマン氏はそう語りました。

 

※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。

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ルポ 人は科学が苦手アメリカ「科学不信」の現場から

三井誠(みついまこと)

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