gimahiromi
2019/07/16
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2019/07/16
この国家は、人種、政治的傾向、宗教、性的傾向、犯罪性、遺伝、生物学的欠陥など、さまざまなカテゴリーに国民を分類することに取りつかれていた。そして、こうしたレッテルをもとに迫害や排除を行った。
ナチスと言えば、その暴虐行為についてよく取り上げられるが、因果関係の鎖をさかのぼっていくと、その暴虐行為が最初の診断行為に基づいていたことがわかる。
ナチスは、人間の条件を再定義した独自の優生学を作り上げ、欠陥のカテゴリー化を進め、それにより国家的な迫害や殺害を推進していったのである。
第三帝国では、精神が特別な注目を集めた。現在使われている神経科や精神科の診断名には、ナチス時代を生きた医師の名前を冠したものが、少なくとも30はある。
精神の健康は、遺伝子、身体の健康、家庭の状態、階級、性など、さまざまな要素によって決まる。そのため精神は、無数の条件から成るナチス優生学の交点に位置していた。
したがって精神神経科医もまた、社会を医学的に浄化し、強制的な不妊手術や人体実験や障害者の殺害を推進するうえで、どの職業集団よりも重要な役割を果たしていた。
ナチスの精神医学では、子どもの観察や治療について総合的なアプローチを採用した。
個別の症状だけでなく全人格を検査するには、子どもの行動や性格について熟知している必要があったからだ。
その結果、より緻密な精度で子どもたちを観察し、より小さな差異にも目を向けるようになり、それが新たな診断へと視野を広げることにつながった。
では、何を診断していたのか?
アスペルガーの暮らす社会では、民族共同体に参加するためには、適切な人種であり、適切な生理を持っている必要があった。
だがそれ以外に、共同体意識も必要だった。その共同体と、考え方や行動が一致しなければならない。ドイツ民族の発展は、一人ひとりがそう思えるかどうかにかかっている。
こうした社会的一体感を目指したからこそ、ナチスのイデオロギーにおいてはファシズムが重要だった。
このように、第三帝国では民族共同体へ身を捧げることが優先されたため、集団意識がナチス優生学において重要な要素となった。
その結果、迫害の条件に、人種、政治的傾向、宗教、性的傾向、犯罪性、生理に並び、社会性が加わることになった。
アスペルガーやその先輩医師たちはこの概念を表現するため、「ゲミュート(Gemüt)」(訳注:一般的には「心情」「情緒」を意味する)という単語を使った。
この単語は18世紀には「魂」を意味していたが、ナチスの児童精神医学に採用されると、社会的に結束するための形而上学的な能力を意味するようになり、個人が集団とかかわるうえで欠かせないもの、ファシズム的感情を生み出す重要な要素となった。
「ゲミュート」が足りない子どもとは、社会と結びつくことができず、集団優先主義者の期待に沿えない子どもを意味する。
ナチスの精神科医は、1944年にアスペルガーが自閉的精神病質の論文を発表するかなり前から、「ゲミュートに欠ける」などの表現を使い、自閉症らしき診断を数多く下していた。
アスペルガーも、自閉的精神病質を「ゲミュートの欠陥」と定義している。
アスペルガーの仕事を時代を追って見ていくと、第三帝国の診断体制の中で、新たな種類の欠陥が、それぞれの場合に応じて柔軟に定義されていたことがわかる。
だがこれは、第三帝国の診断体制であったからにほかならない。
診断体制の枠組みをひもといていけば、根絶という狭い観点からではなく、完全性の追求というより広い観点からナチス国家を見られるようになる。
第三帝国は、人間を絶えず評価し、再形成していこうとしていた。それは、人種的・身体的理想を超え、個人の考え方や感じ方にまでかかわるものだった。
だからこそ、模範的な人格を目指し、精神的・感情的な規範を強制したのである。
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