akane
2019/07/16
akane
2019/07/16
カラヤンさんというと、なんとなく気むずかしくてこわい人というイメージを持ってしまうが、征爾からカラヤンさんの話を聞いたりすると、とても優しい、あたたかい人柄のようだ。
ニューヨークとかパリでたまたま、カラヤンさんが、征爾の指揮する演奏会やオペラを聞いてくれると、あとでいろいろ注意やアドバイス(われわれの芝居の世界の言葉で言えば、ダメ出し)をしてくれるそうだ。
何年も前、ニューヨークで征爾のコンサートにカラヤンさんが来てくださったとき、その晩は一緒に食事してても、ひと言もコンサートのことは言わなかったが、翌日あらためて会ったとき、
「お前は、きのうあそこのところをこう振った……あそこはこうやっていた……」
と、前夜の征爾の指揮ぶりを細部にわたってていねいに指摘して、アドバイスをしてくれたという。
昭和五十六年にカラヤンさんがベルリン・フィルを率いて来日したとき、おふくろさんと僕と二人で上野の東京文化会館に聞きに行ったことがあった。
ちょうど征爾は、ボストン交響楽団の来日公演中で大阪に行ってる日だったが、征爾から、「演奏会に行ったら、カラヤン先生を楽屋に訪ねて挨拶してくればいい」と言われていたのだ。
カラヤンさんは演奏を終えると、ご自分の楽屋にも寄らず、サッとホテルに帰ってしまうと聞いていたので、開演前に文化会館の、いつも征爾が使っている指揮者の楽屋の前で、おふくろさんと二人で待っていた。
まもなく、少し片足をひきずるようにして帝王カラヤンさんが、廊下の向こうに姿を現わした。
おふくろさんが、
「征爾の母です。征爾がいつもお世話になっています」
と挨拶すると、カラヤンさんはニコニコ笑って、
「ヤー、ヤー、ヤー」
と、うれしそうにしていらした。
しばらくカラヤンさんとおふくろさんが話したあと、僕が緊張して、
「弟です。よろしく」
と言うと、あの大きな眼でギョロッと僕の方を見て、
「シェ(セ)ーム・フェイス」(同じ顔だ)
と、ひとこと言ってニヤッと笑っておられた。
この記事は『やわらかな兄 征爾』(小澤幹雄・著)より、一部を抜粋・要約して作成しています。
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