ryomiyagi
2020/01/25
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2020/01/25
『リボンの男』河出書房新社
山崎 ナオコーラ/著
小説だけでなく、『母ではなく、親になる』や『ブスの自信の持ち方』などエッセイにも定評がある山崎ナオコーラさん。新刊『リボンの男』は専業主夫が主人公の長編小説です。
主人公は書店で店長として働く妻のみどりから「妹子」と愛称で呼ばれている専業主夫の小野。物語は妹子が3歳の息子タロウと一緒に幼稚園から帰るシーンから始まります。2人は野川の中に入り、妹子が落とした100円を探します。石好きのタロウは岩の上に石を並べて“ごっこ遊び”を始め、妹子も付き合います。タロウにとっては充実した楽しい時間ですが、妹子はみどりの稼ぎで暮らしている自分は「ヒモ」状態ではないか、何かをするたびに金を使うだけの自分は「時給マイナスの男」ではないか、と思い至ります。
「妹子の思いは子育て中に私が感じたことなんです。私自身、子どもの幼稚園の送り迎えの際、行きに1時間半、帰りは2〜3時間かかっていました。子どもは虫を見つけては大喜びし、草を見てははしゃぎまくっていたので、その時間がとても重要だということはわかっていました。しかし、一方で、同世代の作家たちは、子どもを保育園に入れている間に執筆していました。それが私には悔しくて……。子育ても、お金を生むわけではないので“マイナス時給”だと思ったんです。そういうマイナスの経験をプラスにもっていきたいという気持ちがありました」
山崎さんは、ゆっくりとかみしめるように話し始めました。
「それと、以前から“ヒモ”という言葉は侮蔑的で、差別用語ではないかと思っていたんです。大人で現金収入が少なく、パートナーが稼いだお金で暮らすとヒモみたいなんて言われたり……」
ヒモと聞くと“妻が稼ぎ、自分は何もせずぶらぶらしている”イメージがわきますが……?
「今は単なる悪口として使われがちな気がします。たとえば芸能人でいい仕事をしていても妻のほうが収入が高いと“ヒモ”と侮蔑されたり。わが家の場合、夫は書店員で私より収入が少ないのですが、幸せな結婚生活を送っています。収入の低い夫はヒモだという差別を変えて、革命を起こしたいという野心もありました(笑)」
妹子はタロウの育児を通して思考を深めていきます。庭に来た野生のタヌキ用に薬をもらいたいが、どこでお金を使うのかは主夫の力量ではないか。プラスチックの食器を愛用している自分は主夫としてどうなのか。子どもとはタロウのことだけでなく、子ども全体ではないのか――。そしてタロウを通して、世界を細分化するのも成長ではないか、と気づきます。
「子育てをしているとどんどん小さい世界にハマっていく。それが悔しかったのですが、小さい世界を極めれば大きい社会につながっていくと気づくと希望が持てると思いました。それまで稼ぐことが自分のアイデンティティだったので、子育てで稼ぎが減ると自信がなくなる感じがしていました。でも、この発想は主夫や主婦だけでなく、病気や障害で思うように稼げない人も否定することになる。経済活動はお金を稼ぐことだけではありませんから」
ところで、主人公のあだ名を妹子としたのはジェンダーレスを意識したから、と山崎さん。
「女性男性美人ブスなど、枠組みが社会にあることが私には生きづらい。そこに共感してくれる読者もいるはず、と思って今後も書いていきたいと考えています」
柔らかな言葉で紡がれる、ごく普通の日常を描いた物語に何度も心が揺さぶられる――。快作です。
おすすめの1冊
『雑談力が上がる話した方』ダイヤモンド社
齋藤 孝/著
「子どもの送り迎えにいつもママたちと何を話したらいいのかと緊張していたが、保護者会の前にこの本を一夜漬けで読破。面白いことを言わなくても見たものを話せばいいとあり気が楽になった。とても役に立って助かった」
PROFILE
やまざき・なおこーら◎’78年、福岡県生まれ。’04年、『人のセックスを笑うな』で第41回文藝賞を受賞しデビュー。『美しい距離』で島清恋愛文学賞受賞。ほか、『論理と感性は相反しない』『ニキの屈辱』『昼田とハッコウ』など著書多数。エッセイ集に『かわいい夫』など。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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