土地を持たないAirbnbがホテル業界を「破壊」するまで――新しい「当たり前」を作る組織が勝つ
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ryomiyagi

2020/03/03

 

外部環境が激しく変わり、プロダクトやサービスのライフサイクルがどんどん短命になる現代では、より早く、より多く新たなビジネスを生み出す組織・人材が必要とされる。イノベーションとは何か? そして継続的に新規事業を創出する企業に共通する「科学」とは。

 

※本稿は、田所雅之『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

■破壊的イノベーターとしてのAirbnb

 

スタートアップにしろ、大企業にしろ、提供する商品・サービスが市場に受け入れられなければならない。

 

そんなことは当たり前だと思うかもしれないが、起業とか新規事業の創出となると、つい「いかに高機能なドリルをつくるか」にとらわれてしまうプレイヤーは少なくない。

 

顧客が求めているのは「ドリル」ではなく、それによって開けられる「穴」である。それを忘れることなく、顧客のインサイトをすくい上げられるかどうかが、ビジネスの成否を決めている。

 

自社が提供する商品・サービスがマーケットに受け入れられる状態ーーそれがプロダクト・マーケット・フィット(PMF:Product Market Fit)である。

 

では、このPMFという観点から見た場合、持続的イノベーションと破壊的イノベーションとのあいだには、どのような違いがあるだろうか?

 

これを見ていくために、ホテル業界に破壊的イノベーションをもたらした「Airbnb」の事例を取り上げることにしよう。

 

ご存知の方も多いと思うが、Airbnbは部屋を貸したい人(ホスト)と部屋を借りたい人(ゲスト)とをマッチングするサービスである。

 

ホストの多くは従来型の宿泊事業者というよりは、所有する空き部屋を有効活用したい一般人である。使っていない部屋がある人や、家の維持費が高くて困っている人は、それらを他人に貸し出してお金を稼ぐことができる。またゲストのほうは、通常のホテルなどに比べると安い宿泊先を探すことができる。

 

自ら対外的に「ホテル業界を破壊した」とアピールすることはなく、単なる「民泊サービス」として紹介されることも多いものの、Airbnbはまぎれもない「破壊的イノベーター」の典型である。

 

同社が設立されたのは2008年だが、創業10年足らずで時価総額は3兆円を突破し、業界最大手であるヒルトン、マリオットなどの伝統的なホテル事業者を追い越すまでに成長してしまった。

 

従来型ホテルの場合、彼らの時価総額の根拠というのは、基本的に建物と土地、そして、彼らが築いてきたブランドである。

 

他方、Airbnbはそうした資産を所有していない。彼らの時価総額の根拠は、このサービスが持つ圧倒的なユーザーエクスペリエンス、ホストとゲストに関する膨大な量のデータ、サービス認知度/ブランドである。それで3兆円以上の市場価値で評価されているのは、驚くべき事実である。

 

■「目の前の顧客」にとらわれない

 

Airbnbが創業当初から、すぐに一般ユーザーから受け入れられたかというと、そんなことはなかった。

 

同社が生まれた2008年当時は、スマートフォンの普及率もまだまだ低く、iPhoneを持っているのはごく一部のアーリーアダプターだけだった。現在ほど「シェアリング・エコノミー」という概念・価値も認知されておらず、人々の消費スタイルが「所有型」から「利用型」へと移行するのは、もう少しあとになってからのことだ。

 

このような時代のなかで生まれたAirbnbは、いまでこそ大成功したビジネスモデルとして脚光を浴びているものの、当初は各方面から「うまくいくはずがない!」とこき下ろされたのだという。ベンチャーキャピタルからの投資を断られた回数は、なんと60回を超えるというから驚きだ。

 

 

ただ、そのときの状況を踏まえるなら、それは無理もないことだった。当時のホテル業界は、安定した収益を上げていたし、顧客側にもしっかりとしたニーズが見えていた。こうして「現在」のマーケット状況に適合することを「プロダクト・カレント・マーケット・フィット(PCMF:Product Current Market Fit)」と私は呼んでいる。

 

「我々はAirbnbをニッチなビジネスと考え、影響力はないと侮っていた」

 

世界的ホテルチェーンであるベストウエスタンのCEOデイビッド・コングは、当時をこのように回顧している。

 

既存の「宿泊」の概念の延長線上で考える限り、やはり主な商流は「ホテル業」だった。そこには「民泊業」が受け入れられる余地はほとんどなかったし、あったとしてもそれはごく一部のニッチなニーズを満たすビジネスにしかなり得ないと考えられたわけだ。

 

他方、Airbnbは「目の前のマーケット」を見てはいなかった。彼らが見据えていたのは、「未来のマーケット」だったのだ。

 

「今後、スマホの普及率が高まれば、モバイルファースト、モバイルオンリーの世界がやってくる」「ミレニアル世代が消費のメインストリームになれば、モノを所有するだけでなく、コトの体験にお金を払う時代がやってくる」

 

ーーこうしたメガトレンドを押さえたうえで、2008年ではなく、2013年とか2018年とかいった「将来生まれることになる市場」に照準を合わせていたのである。

 

もちろん、彼らはすべてを見通していたわけではない。そこにはいくつかの「追い風」があった。

 

たとえば、Airbnbが創業された2008年は、リーマンショックが起きた年でもある。この間接的原因となったサブプライムローン(低所得者層などを対象にした高金利の住宅ローン)などを利用し、投機目的で不動産を購入したものの、売り抜くタイミングを逸した個人は少なくなかった。

 

要するに、収益化のメドが立たない部屋が大量に余っていたのである。こうした状況は、間違いなく当時のAirbnbには追い風となったはずだ。

 

さらに注目すべきは、SNSの爆発的普及だ。

 

民泊サービスを提供するホストたちにとって、大きな懸念の一つは、宿泊するゲストたち個人の与信情報だ。知らない人を自分の不動産に寝泊まりさせることになる以上、ゲストの信用を保証する仕組みは不可欠である。そんななか、爆発的に普及したFacebookはゲストの与信情報インフラとして機能することになった。SNSの登場がなければ、Airbnbのようなビジネスがここまでの急成長を遂げることはなかっただろう。

 

こうしたいくつかの「時代の追い風」による後押しも重なった結果、Airbnbは顧客が求める性能ニーズを満たすようになり、「いつでも叩き潰してやる」と余裕を見せていた従来型ホテルから、次々と顧客を奪っていった。

 

 

しかもAirbnbは成長スピードにおいても、従来型ホテルを上回っていた。ホテル業を拡張していくためには、デベロッパーに相談して土地を仕入れ、建物を建てて、スタッフを教育する……といった長大なプロセスがどうしても必要になる。

 

他方、Airbnbの場合は、空き部屋を有効活用したいホストたちのほうから次々と集まってきてくれるので、提供できる部屋数がどんどん増えていく。

 

こうしてある時点でついに、「破壊的イノベーションがもたらす効能」が「持続的イノベーションの効能」を上回ることになったわけである。

 

 

従来型のホテルは、いま目の前にある市場をいかに満足させるかを考えて、そのなかで持続的イノベーションを目指していた。彼らの主眼は「プロダクト・カレント・マーケット・フィット(PCMF)」にあったわけだ。

 

これと対比的に言えば、Airbnbが満足させようとしていたのは、将来生まれてくるマーケットであり、「プロダクト・フューチャー・マーケット・フィット(PFMF:Product Future Market Fit)」を通じて破壊的イノベーションを引き起こしたのである。

 

・持続的イノベーション 「現在」の市場にフィットする(PCMF)

・破壊的イノベーション 「未来」の市場にフィットする(PFMF)

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