ryomiyagi
2020/03/07
ryomiyagi
2020/03/07
『占』新潮社
木内 昇/著
丁寧な考証に基づいた時代小説を数多く発表し、多くの読者の心をつかむ直木賞作家の木内昇さん。新刊『占』は恋愛をはじめ、さまざまな悩みを抱える女性たちの心模様を描いた7本の連作短編小説です。
第1話「時追町の卜い家」は、翻訳家として自立している桐子の物語。ひょんなことから知り合った大工の伊助と暮らすことになります。伊助には離れ離れになった妹がいて、心はそちらに向かうばかり。ある日、桐子は彼の気持ちを知りたくなり、占い家を訪れます。第4話「深山町の双六堂」は、自分が優越感にひたりたいがため、近所の家庭事情を細かく考課して双六盤に仕立てていた政子の物語。ところがそれがばれ、自分の家の評価を確認したいと女たちが訪れるようになり……。ほか5編の短編作品を収録しています。
「占いに詳しいとか、占いが大好きというわけではありませんでした。何か短編を、というお話をいただいたとき、不思議な話を書きたいと思い、占いをモチーフにすることを思いつきました。占い依存の女性が結構いると聞いていたので、心の中のモヤモヤをどう処理しているのかと考えたんです」
雑誌に掲載されている占いコーナーを読む程度の興味しかなかった木内さんですが、さっそく取材を開始。対面で見てくれる占い師をはじめ、いろいろ行きました。
「うさんくさいだろうと思いながら、評判のタロット占いに行って自分のことを占ってもらったんです。そうしたら、教えていないようなことまで当たってしまって(笑)。統計学的に処理できないような事柄だったので、正直、驚きました。それから、四柱推命のようなものは省き、タロット占い、手相、霊感占いなど、さまざまな占い師に話を聞いたんです。
大学で心理学を勉強していたので、占いにハマっていく過程にも興味がありました。占いにハマる人って、人生に起こることすべてに意味があると思っている人が多くありません? ふに落ちないことを無理やり処理したり意味付けしたりするのは何か違うのでは、と少々意地悪な気分で暴きたいという気持ちもありました(笑)」
こうして、読心術師、透視術師、愚痴や嫌な気持ちを食べてくれる喰い師など少し変わった占い師が登場する7本の作品が誕生しました。占ってもらう側か、占う側かの違いはありますが、どの作品も主人公は大正期から昭和初期を生きる女性たちです。
「江戸時代の女性は自立し自由度も高かった。ところが、明治になって薩長閥が仕切るようになってから“女は三歩下がって”が主流になりました。それが大正になって、女性が自立できる可能性が高まったんですね。
占いの結果が背中を押すことはあっても、占いだけで課題の解決はできません。これはいつの時代でもそうで、やはり最終的には自分の軸をしっかり持っていないと、流されてしまいます」
そう━━。描かれているのは大正から昭和初期の女性たちですが、どの作品も令和の今に通じるものばかり。これもまた本書の魅力の一つです。
「私は女性が模索していく過程を書きたいんです。結果は、どんな行動を取るかでしか変わりません。既婚未婚、産んでいる産んでないなど、占いにハマる人ほど属性が気になるようですが、そこには意味などないように思えてならない。それより、女性も独立して自分だけのものを見つけていくことのほうが大事です」
読み進めるうちに登場人物たちと自分が重なり、希望の灯が見えてきます。豊饒な一冊です。
おすすめの1冊
『贅沢貧乏』講談社
森 茉莉/著
「森鷗外の娘である著者は、人生の最期はアパート住まいの貧乏暮らしだったそうです。しかし、自分の暮らしがしっかりあり、好きなことをして優雅に生きていたもよう。そんな森さんの生き方は私の目標です。」
PROFILE
きうち・のぼり◎’67年東京都生まれ。出版社勤務を経て独立し、インタビュー誌『Spotting』を創刊。編集者・ライターとして活躍する一方、’04年『新選組幕末の青嵐』で小説家デビュー。’08年『茗荷谷の猫』で第2回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、’11年『漂砂のうたう』で第144回直木賞、’13年『櫛挽道守』は第9回中央公論文芸賞、第27回柴田錬三郎賞、第8回親鸞賞を受賞。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.