それは、私たちの社会の明日を示唆するSF――貴志祐介さん『罪人の選択』
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ホラーからSFまでさまざまな手法で読者に刺激を与えてくれる貴志祐介さん。2年半ぶりの新刊はデビュー前に書かれた貴重な一編を含む短編集です。「1冊に編んで、自分の中の裏テーマが“時間”だったと気づいた」と貴志さん。コロナが流行する今だからこそ読みたい作品も!

 

SF小説が描く、時間の残酷さ、理不尽さを味わっていただければ

 

罪人の選択
文藝春秋

 

貴志祐介さんといえばホラーの『黒い家』、ミステリーの『悪の教典』、SFの『新世界より』など幅広い分野で執筆し、出版界をけん引する超売れっ子作家。2年半ぶりに発表した『罪人の選択』は、短編4本を収録した作品集です。

 

第1話「夜の記憶」は『十三番目の人格ISOLA』でデビューする前に書かれたもの。水生生物の「彼」は暗黒の海の中で目覚め、「町」を目指します。一方、三島夫婦は太陽系脱出前の最後の時間を南の島で過ごし……。第2話「呪文」は諸悪根源神信仰の存在を調べるため植民惑星“まほろば”に降り立った金城の物語です。第3話「罪人の選択」は’46年と’64年の、2つの時代をまたぐミステリー。出征中に妻を寝取られた佐久間は、浅井の立ち会いのもと、磯部を殺そうとします。時はたち’64年、佐久間の娘・満子は浅井の息子・黒田正雪を殺そうとします。佐久間は磯部に、満子は黒田に、一升瓶と缶詰のどちらかに毒が入っているといい、選択を迫るのでした。第4話「赤い雨」は新参生物チミドロによって壊滅状態になった地球が舞台。汚染されたスラム出身の瑞樹は、優秀と認められたため無菌のドームで生きることを許されていました。そこで瑞樹は謎の疾病RAINの治療法を研究するのですが……。

 

「『夜の記憶』はデビュー前に書いた作品で、『呪文』は日本SF大賞をいただいた『新世界より』刊行直後に発表した作品です。表題作は’12年、『赤い雨』は’15年から’17年にかけて発表しました。このように長い期間にわたって書いた作品を本書には集めました。まとめて読んで、自分の書いてきた軌跡がわかるだけでなく、自分の根っこにはSFがあったこと、どの作品も“時間”が裏テーマにあったことなどに気づきました」

 

貴志さんは作品を振り返りつつ、それぞれに込めた思いを語ります。

 

「宇宙の中でも最強なのは時間。しかも、時間は均一に流れるわけでもありません。私は人間の本質は記憶と考えているのですが、実際の時間は均一でも、人間の記憶が不連続のため、意識の中では時間は断続的です。そういう時間の経過を書くことで、時間の持つ残酷さ、理不尽さを味わっていただければと思っています」

 

ところで「赤い雨」は、新型コロナウイルスの感染に慄く今の世界を予言したかのようなSFです。

 

「この作品は、進化が袋小路に入ってしまって抜け出せなくなった地球が舞台。進化とはまさに時間の流れですが、その閉塞感に抗う人々の姿を書きたかったんです」

 

今の世の中の現象に恐ろしいほどシンクロしているため、読んでいて鳥肌が立ちっぱなしで……。

 

「SFには、ある種の変化が極限まで進んだときに社会や人間はどうなるか、どうなったらいちばん嫌かなどを考えるといった手法があります。極端な未来を想像して描いても、社会も人間も一直線に進むわけではないので、現実の先取りになることがよくあります。事実、’50年代に書かれたSF小説はその後の社会をよく言い当てていました。

 

しかし、いつの間にか社会の耐久性が弱まり、人々の想像力も低下してしまいました。誰もが自分のことしか考えられず、他人の苦痛を思いやれない。新型コロナウイルスのような未知のモノが出現すると、これまで以上にパニックになりがちなのも、そのあたりに理由があるのかもしれません。パニックに巻き込まれたくなければ、想像力を鍛え、冷静さを持って行動するしかない。SF小説を読むのはそのいい訓練になると思います」

 

明日が見えない今、私たちは何を考え、何を選択すべきか━━。そんな思考実験をさせずにはおかない、圧巻のエンタメ作品です。

 

■貴志さんの本棚から

 

おすすめの1冊

『ホット・ゾーン』
リチャード・プレストン 著
高見 浩 訳
飛鳥新社(品切れ中)

 

「エボラ出血熱の感染メカニズムからウイルス制圧に命を懸けた医療関係者たちの戦いまでを描きます。防護服を着て汚染地域を歩く場面はドキドキしました。謎解きもあり本当に刺激的。今読むと、また違うかもしれません」

 

PROFILE
きし・ゆうすけ◎’59年、大阪府生まれ。京都大学経済学部卒。’96年「ISOLA」が日本ホラー小説大賞長編賞佳作となり、『十三番目の人格ISOLA』と改題して刊行される。’97年『黒い家』で日本ホラー小説大賞、’05年『硝子のハンマー』で日本推理作家協会賞、’08年『新世界より』で日本SF大賞、’10年『悪の教典』で山田風太郎賞と「このミステリーがすごい! 2011」国内編第1位、週刊文春「2010年ミステリーベスト10」国内部門第1位、’11年『ダークゾーン』で将棋ペンクラブ大賞特別賞を受賞。

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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