フェイクの発信がフェイクニュースの目的ではない|データ時代の情報心理戦
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ryomiyagi

2020/06/11

情報操作の中には、知られたくない情報を隠蔽するもの、そして積極的に新たな投稿を重ね世論を誘導するものがある。NYタイムズ元東京支局長は、現在激化する香港の民主化運動に関しても、SNSを用いた世論形成が中国政府によって画策されていることを体感したと話す。フェイクニュースの真の狙いはどこにあるのか? 混沌の情報社会に生きる私たちは、何を意識すべきなのだろうか。

 

※本稿は、マーティン・ファクラー『フェイクニュース時代を生き抜く データ・リテラシー』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

 

 

■世論操作の道具としてのソーシャル・メディア

 

14年8月、中国の全人代(全国人民代表大会=国会)は、香港の首長(行政長官)選挙で1人1票を投じることができる普通選挙の導入を決めた。だがこの選挙は、親中派でなければ立候補が認められない。「これは民主的な選挙ではない、普通選挙は有名無実だ」と怒った人々は、14年9月28日から民主化要求デモを開始した。

 

警察が発射する催涙弾を雨傘で防御したことから、このデモは「雨傘運動」とか「雨傘革命」と呼ばれている。黄之鋒(ジョシュア・ウォン)と周庭(アグネス・チョウ)の2人の若者を中心に運動は盛り上がり、12月にかけて79日間続いた。

 

ネットフリックスのドキュメンタリー『ジョシュア 大国に抗った少年』(原題“Joshua Teenager vs. Superpower”)でこのときの様子が描かれているので、興味のある方は視聴してみてほしい。

 

あの「雨傘運動」を想起させる民主化闘争が、19年に再び香港で激化した。発端は3月末、香港の議会で提起された「逃亡犯条例」改正案。香港で容疑者として逮捕された人を、中国本土へ引き渡せるようにする「一国二制度」を骨抜きにする条例だ。

 

こんなことが認められれば、「雨傘運動」に参加している人々は難癖をつけられて中国へ送られ、現地で裁判にかけられ刑罰を受けることになってしまう。

 

19年6月9日には、香港の全人口の7人に1人にあたる100万人以上もの民衆がデモに参加した。翌週にはデモの参加者は200万人にまで膨れ上がっている。香港はやむなく「逃亡犯条例」改正案の撤回を決めた。それでもデモの収束の兆しは見えない。

 

IT企業Beyondsoft(博彦科技)など、中国政府の下請けとして仕事をする検閲専門会社がやる仕事は、メディアやネットを監視して、当局が表に出してほしくない情報を消すことばかりではない。ソーシャル・メディアを活用して自ら積極的に新しい投稿を行ない、世論を誘導する。情報操作も彼らの重要な仕事の一部だ。

 

人間というのは「みんなはこう考えているのだな」と思うと、つい他人の意見に引きずられ、従ってしまう。だからソーシャル・メディアは、世論操作に絶好の道具だ。

 

■「混乱させる」ことが目的のフェイクニュース戦術

 

SNSを使った中国政府の画策を、私は身近で感じたことがある。19年、私は自分のツイッターのアカウント(@martfack)を使って、香港で続く反政府デモの動画や情報、ニュースを発信し始めた。すると急に、ネット右翼のような人たちからの批判がドッと押し寄せたのだ。

 

それらのアカウントの書きこみをさかのぼり、よく見てみると、日本語で書かれていてネット右翼っぽくはある。だがなぜか香港の反政府デモをまったく応援せず、中国政府の立場を守るものがほとんどなのだ。

 

「なぜネット右翼が中国政府の立場を支持するのだろう。これは本当に日本人が作ったアカウントなのか」と怪しく思った。おそらく中国政府の指示によって、ネット右翼の真似をした日本語のアカウントが作られているのだろう。

 

SNSでフェイクニュースや扇情的なメッセージを流し、見ている人に「えっ、何これ!?」と混乱を起こすことが彼らの目的なのだ。

 

厳しい指摘のツイートが、突然一斉に自分のアカウントに押し寄せたら、誰だって「あれ? ひょっとして私の考えはおかしいのか?」と心が揺れてしまう。冷静になって考えることなく、多量の扇情的メッセージに影響されて意見がブレてしまうかもしれない。

 

少なくとも立て続けに非難のメッセージをぶつけられれば、不愉快な気持ちになる。「香港については触れないでおこう」。1人でも多くの人にそう思わせることができれば、中国政府は目的達成だ。

 

「あいつらは暴力的な非国民だ」「愛国主義者ではない」「デモ参加者は外国のスパイだ」――当局はデモに参加する人の動機、人格そのものを否定して、信頼を損ねようとする。

 

また、「デモの背後でアメリカ政府が操っている」といったように、わざと曖昧な表現を用いる。たとえば「CIAが民主派に××万ドルを支給してデモをけしかけた」などと主体や数字を明確にすると、すぐに調べられてウソだとバレてしまうからだ。

 

相手に「ウソとは言い切れない」と思わせる余地を残しておくことがポイントだ。

 

香港の人たちは、しばしば星条旗(アメリカの国旗)を自由と民主主義のシンボルとして使う。もちろん、みんながみんな星条旗を手にしているわけではない。しかし、当局はその様子を撮った写真をやたらと取り上げ、「見ろ、デモの参加者は親米派だらけじゃないか。この運動は最初からアメリカ寄りの人間が引っ張っているのだ」と訴えるのがお決まりのパターンだ。

 

本当の情報や写真を少しだけスパイスのように混ぜながら、自らの意図するほうへ世論を引っ張る。信頼性を失わないように、100%ウソの書きこみはしない。これがフェイクニュース戦術の特徴だ。

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データ・リテラシー

データ・リテラシーフェイクニュース時代を生き抜く

マーティン・ファクラー

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