ビジネスにかかわる判断に、美的センスは欠かせない
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ryomiyagi

2020/08/10

近年、アートをビジネスの現場に取り込む動きが広がっている。どうやら美術館のギャラリートークなどに積極的に参加するなどして、世界のビジネスエリートたちは「美意識」を鍛えているらしいのだ。

 

『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)のマンガ版となる本書は、イラストと図解を交えて、これまでの分析、論理、理性に軸足をおいた「サイエンス重視の意思決定」の経営の限界を述べたうえで、アートを通して美意識を鍛えることが個人的成長の切り札となることを示している。

 

主人公は、アジサイ食品企画開発部で働く入社3年目の今井さき。目標は自分の考えたお弁当のおかずを商品化すること。SNS映えするお弁当の写真をアップし、日々、トレンドの理解に努めている。だけど新商品の社内コンペに出した企画がなかなか通らない。

 

頭を抱える彼女にヒントを与えてくれたのは、公園で出会ったお弁当好きの謎のおじいさんだ。謎のおじいさんは、これからのビジネスには美意識が必要なことを告げたうえで、主人公に美術館へ行くように勧める。

 

さて、本書には著者の山口周氏もキャラクターとして登場する。山口氏は、過剰にモノが溢れた今日の複雑な世界では、ビジネスにかかわる判断に美的センスが欠かせない理由を次のように述べる。

 

「私たちが直面している不安定で複雑な時代では、今まで正解だったものが不正解になることもあります。今までは通用していた固定観念に縛られたモノの見方も―むしろ状況を見誤らせてしまうかもしれないのです」

 

これからの時代に必要となるのは、固定観念にとらわれないモノの見方。そのためには、自分の感覚を磨き、自分で考えて正解を見つけていかなければならない。著者は「見る力」を鍛えることが美意識を鍛えることにつながるのだと言う。

 

 

主人公のさきは美術館でVTS(Visual Thinking Strategy)という、アートを通じて鑑賞者の思考力やコミュニケーション力を育成するメソッドを教わる。一見つながりが薄そうに思えるアートとビジネスだが、VTSは多くのグローバル企業やアートスクールで行われており、哲学多文学、詩の鑑賞によって鍛える方法もあるらしい。絵画を観察して、観たもの、感じたものを言葉にしていくというこのメソッドが、企画のアイデアに苦しんでいた主人公のモノの考え方を変えていく。

 

ところで、主人公が公園で会った謎のおじいさんは、かつて「商品開発の鬼」と呼ばれたアジサイ食品の会長だった……というオチ付きなのだが、美意識を鍛えることで得られる効果はビジネスにおいてだけではないかもしれない。

 

広い範囲や細かな情報を観察し、気づきの多い人生を歩むことができれば、趣味を広げるきっかけにもなるし、家族や友人たちとより良い関係を築けるようになるかもしれない。

 

これまで見えていなかったことが見えるようになり、固定観念のパターンから抜け出たその先の世界はきっとどこまでも広く、創造性に満ちているだろう。

 

 

マンガと図解でわかる 世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?
山口周/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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